2015/08/12: 八王子市館町;木瓜爺撮歩81-11 光輝山龍見寺 (No.2408)

石段を下った處は、駐車場の隅なのですが、保育園の入口にもなっています。そこに「亀の池」という湧水池があって、其の脇・・昔は中の島になっていたらしいのですが、弁天祠があります。この辺りは、前回調査済み・・・

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石碑は「南無阿弥陀仏」の碑。お地蔵様が二体。保育園児達を見守って下さっておられるのでしょう。

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これが池ですね。左が島だった部分。あの中に「祠」があります。

m81-11-04 F6755弁天様

『辨天堂 大日堂ノ前ナル石階ノ下ニテ 亀池トイフ池ノ中嶋ニアリ ワツカナル堂也』 小さいけれど、1810年頃から存在しているのですよ・・・もっとも、下の方はコンクリート化していますが。

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保育園の前の噴水・・

m81-11-06 F6757龍見寺

やっと、龍見寺本堂にやってきました。

『龍見寺 字殿入ニアリ 禅宗曹洞派 野州都賀郡富田村大中寺末 光輝山ト号ス 古ハ日光山ト唱ヘシヨシ イツノ頃ヨリ今ノ山号ニ改メシヤ詳ニセス 開山天南正薫 寛永十一年九月十七日示寂 当寺モ古ヨリ此地ニ住セシトミエテ 前ニ出セシ近藤出羽守カ浄泉寺ニアタエシ天正九年ノ文書ニ示 牓示之事東者龍見寺屋敷之上云々ト出セリ コレニヨレハ正薫ハ中興開山ナルカ 本尊釈迦 木ノ坐像長八寸 本堂五間四尺ニ六間半 巽ノ向』

「日光東照宮」が出来た時、「日光山」というような山名を、恐れ多いと改名した例もあるそうですから、ここもそんな理由があるのかもしれません。

龍見寺のHPでは何と書いていたかな。長いので抜粋にします。『1381年(永徳年間)
大日如来を奉じて堂字建立 1598年(慶長3年)龍見寺開山、栃木県・大中寺より天南松薫禅師開祖   1803年(享和3年)龍見寺本堂再建 1849年(嘉永2年)大日堂再建   1954年(昭和29年)東京都知事より、宗教法人として規則が認証される  1962年(昭和37年)大日如来座像、東京都文化財に指定される 1967年(昭和42年)ひまわり保育園開園』 開山者の名前が違いますが、音としては合っています。「しょうくん」でしょう。 なお、HPの方では、「大日堂」の開創を「横山党」だと書いていました。これも頷ける話です。ここは「横山党」の勢力範囲ですから。

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本堂正面。横建物、客殿か庫裡か分かりませんが、気に成る表示がありました。m81-11-09 F6762m81-11-10 F6763

 

ピラティス? 朝飯のことか? 変だなあ? ・・・・あれかあ! 詳しくは知りませんが、ドイツの従軍看護師がはじめたヨガみたいなエクササイズ・・・・うーん、お寺に入り込んだか・・・

気を取り直して、境内を見回します。ポンプ井戸がありますね。獣も水を飲みに来たか・・先ほどの亀池、白蛇や鰻も住んでいるらしい・・HPに書いて有りました。

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本堂前のお地蔵様は分かったのですが、次が分からない。m81-11-13 F6770

 

 

 

 

降参です。この後ろにお地蔵様らしいものが有りますね。m81-11-14 F6778

 

 

 

なかなか良い感じで写したのですが、一番奥に写っているのが怪物(?)なのです。「享和元(1801)年」の字が彫られた。三本角のある怪物です!

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何が欠けたらこうなるのか? さっぱり分かりません。馬頭観音でしょうか?

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謎を残して、退散する事にしました。写っている右の建物が保育園です。

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「和合橋」付近の風景。何だか不思議な感じで眺めました。ここからバス停まで出るのが大変でした。

お盆の時期になると、寺社散歩も控えめにしないといけないですね。明日からどうしましょうか・・・

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