2015/08/27: 町田街道 相原;木瓜爺撮歩97-27 宇賀稲荷社と瑞光山 道林寺 (No.2423)

青木家墓地から、町田街道の方に戻って来ると、青木本家が見えました。

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これは東門というべきか? 大谷石の塀の先に黒板塀が続き、正門に至ります。

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文化財指定を受けた邸宅ですが、公開はされていません。ただ、「青木医院」なので、患者になると、少しは見られるのかも知れませんねえ?

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町田街道に戻りました、16号線が高架になって交差します。その交点が「坂下」。

m97-27-04 F6922木瓜爺、16号にそって左折しました。「道林寺」というお寺を偵察しようと思ったのですが・・・坂の途中に、神社がありました。

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どうも、新道工事で退避させられた神社のようです。

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鳥居の額は「稲荷社」。これから行く「道林寺」は「相原597」だったはず。ここは500番付近ということで、ブログを書くときに調べよう・・・昨日書きましたFujiiさんの「町田市の神社」で調べると、相原549-1 で「稲荷社」が書かれていました。それによると、「創建は天和(1681-1683)の頃、昭和58年の八王子バイパス工事のため現在地に移転。 俗称 宇賀稲荷」だそうです。 俗称をブログのタイトルに書きました。

「宇賀稲荷」というのは、祭神の「宇迦之御魂神」から来たものでしょう。「宇迦」と同じ音なので「宇賀」と書くこともあります。「宇迦之御魂」は「古事記」での名前で、日本書紀では「倉稲魂命」。稲荷大神の本名(?)で、伏見系です。稲荷にはもう一つ系統があって「吒枳尼天」という仏教系の神様、「豊川系」ですね。

ブログを書いたあとで、もう一系統、稲荷でない稲荷(?)があることに気が付きました。「豊受大神」を「豊受稲荷」としてしまった例です。九月初めのブログで、詳しく書く予定です。つまり「宇迦之御魂」=「豊受大神」としてしまった混血兒形です。

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社殿の中には、小さな木の神殿が置かれています。お参りをして、境内を眺めますと、横に「石祠」が二基おかれていました。

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正体は不明です。稲荷社と同じように、疎開を余儀なくされた 山の神 かもしれません。

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この稲荷社、社殿の形がちょっと変わっていました。後部に何か隠れている感じです。なぜこんなややこしい形にしたのか?

さて、先を急ぎましょう。

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坂道を上がって行くと、左側、白い壁・・・あそこが「道林寺」でしょう。傘をさしたお地蔵様がおられるようです。

m97-27-11 F6935 道林寺

「瑞光山 道林寺」。「臨済宗妙心寺派」のお寺です。ホームページがありました。それを省略転写(?)。

『当寺は、臨済宗妙心寺派で寛永7年、開山秀外宗鼎和尚、赤坂一ツ木村において開闢端龍山大休院と号しましたが、後、明暦元年に現在の東京都新宿区市谷富久町8番地に御堀普請に付、替地拝領。天保4年、開基戸田因旛守逝去に伴い法号をを道林寺殿とし、元禄15年「瑞光山道林寺」と改号して堂宇を建立、観世音菩薩を本尊とし、大本山妙心寺、開山無相大師の法統を継承し、その洪範にそって所依の儀式を行って教義を広め、人心をして安心の中に導く目的達成のための業務及び事業を行い、さらに明治19年には山岡鉄舟m97-27-12 F6938氏及び乃木将軍等の大願心によって禅学修道の僧堂として江湖選佛道場の認可が下附されるに及んで国民的な禅的修武精神を大い昂揚したのであります。現在も境内には当時の座禅席や石碑等が残っております。昭和20年の空襲により堂宇及び伽藍を消失してしまい、更に檀信徒も離散することとなり、昭和37年に現在の東京都町田市相原町597番地の70に移転し、無相大師の法統を継承し人心安定を旨に地域住民と交流を行いつつ、宗教活動を展開し、寺門の興隆をはかり鋭意努力を重ねているところであります。 』「新編武蔵風土記稿」の頃は、新宿にあったのですね。「豊島郡野方領」はまだダウンロードしていません。

現在は、「町田こもれびの杜霊園」を経営するお寺のようです。門前の子安地蔵尊に合掌して、引き上げます。

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坂を下りながら、妙なことが気になりました。「瑞光山 道林寺」の次に行こうとしているのが「瑞石山 清水寺」なのです。そして、其の次に行く予定が「瑞光寺」なのです。なんで「瑞」が続くの? 「道林寺」に関しては、市ヶ谷にあったときからの名前だから仕方がありませんが・・・偶然でしょうかねえ?

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坂下交差点に戻ってきました。高架になったバイパス道の下に公園がありました。

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「相原児童公園」だそうです。雨にはかからないけど、こんな空の見えないところはイヤダー・・・子供がいじけそうです。

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高架をくぐって直進してゆきますと、左に分岐する道があり、その先に白壁が見えました。あれが「清水寺」でしょう。

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