2015/08/28: 町田街道 相原;木瓜爺撮歩97-28 瑞石山 清水寺 (No.2424)

この「瑞石山 清水寺」は、意外にインターネット上の情報が少ないお寺です。とりあえず、「新編武蔵風土記稿」を参考に書き始めます。「下相原村」の寺院として、こう書かれています。

m97-28-00 F6951 清水寺『清水寺 除地 畑合二段八畝二十歩 字坂下ニアリ 禅宗臨済派京都妙心寺ノ末ナリ 本堂五間ニ三間 本尊釈迦 木ノ坐像ニテ長一尺ハカリナルヲ安置セリ』是に続いて、観音堂のことが書かれていますが、都合で明日に・・・

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右の写真は、町田街道に面した所に立っています。木瓜爺はこの後ろの道を左から入って来ました。正面で写したのが左の写真です。左側に見えるお地蔵様からご挨拶して行きます。 口の部分が補修されています。右側にある門柱のような石に「青木芳斉」の名前を見つけました。

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「青木得庵」-「青木芳斉」というのは、親子関係です。「芳斉」が「得庵」の娘婿だったと思います。資料の見つかった「青木芳斉」のことから書きましょう。「日野の歴史と民俗」というページからです。

新井村出身の蘭方医 青木芳斎【あおきほうさい】 天保3年(1832)日野市域の新井村に生まれ、嘉永5年(1852)に天下に知られた大阪の蘭学塾である適塾(適々斎塾)に学び、蘭方医として活躍した人がいる。その人の名は青木芳斎…。
青木芳斎は、平弥平の次男に生まれ、先祖は甲斐の武田氏の家臣で湯浅氏といった。幼名は弥十、13歳の時から8年8ヵ月余り、子安村(八王子市)の蘭方医秋山義方に就いて漢学と医学を学び、嘉永5年9月から6年余り、適塾で医学と洋学を研究した。同窓には福沢諭吉がいた。
芳斎は、多摩に戻ると相原町(町田市)の医師青木得庵の娘ヤスと結婚、青木家を継ぎ、医院「回春堂」を開業した。以後正式に青木芳斎を名乗るようになった。岳父得庵は、谷保村(国立市)の医師本田家の出身で、洋学にも関心を持ち、とりわけ種痘の普及に全力を傾けていた。
芳斎の学術的業績は2代目秋山義方(佐蔵)の協力のもとに実現した。安政4年(1857)『クインストウオーデンブーク』(術語辞典)、翌5年5月に兵書『シキート』、同年7月には医師フーヘランドの医書を『済生三方 附医戒』として、オランダ語で、それも金属活字で出版した。わが国における金属活字使用の最先端をいく輝かしい事業であった。
その後、芳斎は医業のみでなく、明治7年(1874)有志とともに武相英語塾を開き、八王子に病院を設け、22年には堺村(町田市)初代村長に選ばれて活躍した。38年12月7日没、74歳であった。』

中頃に「青木得庵」の名前が出て来ました。この方も、谷保村の出身だったのですね。

「青木芳斉」が、此の寺の大檀家の位置にあったであろうことは容易に想像できます。医者と寺は直結しているに限る! 今は病院と葬儀社が直結ですが・・・もう一つの門柱には「牛久保勝久」という名がありましたが、多分檀家代表の一人でしょう。

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参道を入って行きます。左に六地蔵、鐘楼、石段の奥が「観音堂」でしょう。右が本堂らしいのですが・・・後で手こずります。

首を右に向けると、大きなお堂がありました。ちょうど境内の手入れをしていたらしい植木職人(?)が観音堂の方から来られたので、大きなお堂を本堂ですか? と尋ねると、本堂ではなくて、集会場のようなものだという返事。

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ちょっと見て来よう・・・「円通殿」という額がかかっていました。

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葬儀や催し物をする場所でしょうか。というのは、本堂の入口通路が狭いのです。車が横付け出来ません。ついでですから、本堂らしい建物のことを・・・

m97-28-15 F7010本堂

観音堂の少し手前を右に入ると、本堂らしい建物。でも廊下に階段を付けたような感じでしょう・・

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反対側から入っても、こんな具合で、本堂自体が見えない。

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しょうがないねえ・・この辺から拝んでおこうか・・・

と言うわけで、本堂はちゃんと拝めませんでした。先ほどの廊下に階段を付けたような場所まで入って拝むのが最善のようです。

さて、木瓜爺は「六地蔵」の前でぼーっとしております。魂の方だけが、うろうろしておりました。

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やっと動き出して、石段を上がります。上がった所から右に入ると、本堂前でした。

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次は、鐘楼を眺めています。

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おかしいな? 妙に光の玉が写ります。フィルターを拭いたのですがなおりません。レンズ面に小さなゴミが付着しているのか?

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と、植木屋さん(?)が、鐘楼の後方を指さして、「あそこに観音様がおられるよ」と教えてくれました。其の所為で、光玉が写るのかも・・・

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教えられた林の中に入って行くと・・・わあ、大部隊です。向かって一番左には、馬頭観音文字碑にはじまる、いくつかの石碑を従えて、「地蔵菩薩」。お地蔵様が多いようです。

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「如意輪観音」一つ混じっていますね。そして最後のお堂が・・・

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ちょっと摩耗していますが、「聖観音」のようです。

一通りご挨拶して、終了です。

ちとくたびれました。一休みします。明日は「観音堂」です。

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