2015/09/01: 青梅街道 東大和;木瓜爺撮歩98-40 芋窪・高杉稲荷 (No.2428)

九月に入りました。今年の夏は猛暑に続いて、台風関連の長雨というか不安定天候で、通常夏は元気になる木瓜爺も意気があがりませんでした。糖尿病検査では、指標がどんどん悪い方向に動いて行きます。食べる方は普通の状態(それほど甘い物になっていない)なのですが、運m98-40-01 F9446動不足で消費エネルギーが減少し、差分の蓄積になってしまうのです。

8/27 朝、青空を発見し、なにがなんでも10000歩以上あるくぞ・・と、飛び出しました。雲は、かなり怪しい気配を漂わせています。でも、3時頃までは持つだろう・・「青梅街道 狭山付近」の撮歩の続きを書こう、今度は「芋窪村」あたりだなあ・・

「立川」からモノレールで「上北台」に行って見よう。「上北台」というのは、このモノレールの北端の終着駅なのですが、まだ下りた事がないので、丁度よい機会です。

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どうせならと、運転席のすぐ後ろに座りました。この日、木瓜爺は新しいザックを背負っています。小さい荷物の時に使っていた山用のアタックザックが破れてしまったので、新調したものです。本人、見かけで15l位かなと購入したのですが、20lと書かれていて、あれえ? 山用の20lと比べると、ルックスは2/3程。計算の仕方が違うのでしょうか?・・アウターや雨具、昼食などを入れて、その上にコンパクトカメラ2台は入ります。コピーした地図がA4サイズでそのまま入れられるのが魅力で選んだ次第。その地図を取り出して、今日使うのは・・・すれ違いです。あわててカメラを首にかけました。

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モノレールはこんな所を走って行きます。巾は50cm位有りそうですが、この上を歩いて行けと言われたら、身体がふらついてあるけないだろうなあ・・・

「玉川上水駅」です。ここは「西武線」と交わる場所、今までに来た場所で、ここから先が初体験だなあ・・と、思ったとたん、左下をみてビックリ・・

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とてつもなく大きい霊園が駅脇からはじまっていました。「立正佼成会付属佼成霊園」なのだそうです魂消ました。

m98-40-06 F9460ポイント切り替えやがて、終点「上北台」ですが、変わった情景を見ました。次の写真のレールを見て下さい。これ、いわゆるポイント切り替えで、路線を変更しているのです。

へーえ、こんな風になるんだ・・・だけど、寸歩的にはまだ納得できていません。戻した時余ってしまいそう・・・m98-40-07 F9461

無事に、乗り変えて右に移りました。

最後はどうなっているんだ?

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切りっぱなしのようですよ。衝立が一つ付いています。勉強して、道路におります。

 

m98-40-09 F9465上北台駅

「上北台」駅から数メートル戻った所から、「北北西」に進路をとります。北北西に進m98-40-10 F9466んで、空堀川を越えた辺りからは真っ直ぐ北にゆく道です。ここも歩道が分離されていない道です。車の通行は少ないようですが、前後を見ながら、一応右側通行で進みます。250m程先で、新青梅街道にナナメにぶつかります。m98-40-11 F9470

 

ここは、歩道橋で渡りました。歩道橋の上から眺めた「新青梅街道」 左は東京方向、右は青梅方向です。

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新青梅を越えて、なおも北北西へ・・・

m98-40-14 F9476空堀川

空堀川を渡りました。道は北進に変わりました。このまま進むと、400mほど先に「蓮華寺」というお寺があるのですが、木瓜爺は、左に入って「慶性院」に寄って行こうと思います。どちらも、「新編武蔵風土記稿」に出てくるお寺です。m98-40-15 F9478

 

この辺で左折するか・・・此の道路、向こう側に歩道が造られていますから安心・・・と、曲がってみたのですが、途端に呼び止められてしまいました。

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呼び止めてくれたのは、この稲荷社らしきお宮。神社の奥に、アパートかマンションか3階建ての建物がありますね。その駐車場のような場所に立っている稲荷なのです。

m98-40-17 F9481高橋稲荷

石の祠です。今日最初の神社なので、一応お参りして・・・

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ところが、この写真に少し写っている黒い石が木瓜爺を悩ませます。

「御魂霊人 高杉○○」と彫られているのです。「御魂霊神」という言葉は、見た事があります。これは、屋敷神の事なのです。「御魂(ミタマ)サマ」という呼び方をされていました。「霊神」も同じ意味で使われます。

ところがここのは「霊人」なのです。これは、「丹波哲郎」の世界ですよ! 彼の本仁はこう書かれていたと思います。「霊人というのは、霊界から何らかの使命を与えられて現世に来た人」。

解釈すると、「この稲荷は高杉家の屋敷神であるけれども、この土地にアパート・マンションを建てるに当たって、住む人々を守護していただくために、皆がお詣り出来るよm98-40-18 F9482うに神社にしました。どうかみなさん大切にお参りしてください。」というような事でしょうか。昭和44年のことです。屋敷神から鎮守になったということであると、木瓜爺解釈しまして、ブログタイトルは「高杉稲荷」としました。

まあ、当たらずといえども遠からずということにしていただいて、出発。

地図を見ると、「丸由商店」という店のまえを通っていって、突き当たりを右折すると「慶性院」の前にでるはず。商店はありました。地図上の自分の位置は判明です。

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「新編武蔵風土記稿」では。「芋窪」は「芋久保村」という表現になっています。地名について面白い記述があります。元は「井ノ窪」若しくは「井能窪」だったといい、其の理由が「地面が固くて井戸がほれない」場所だからというのだが、掘れないのになぜ「井能窪」なのだ、「イカナルユヘナルヤ覚束ナシ」 と書かれています。

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