2015/09/21: 木瓜爺珍百山-06 :〔薬師山〕 大覚山 東慶寺 (No.2448)

不安定な天候と、老人ボランティア活動に災いされて、単純な足の運動不足に落ち入っています。それで、新鮮な(?)ブログ種の写真が欠乏中。活動の方は今日で一応終了しますので、明日こそ歩きたい・・そんな状態なので、珍百山選定をもう2,3日続けさせて下さい。武蔵御嶽山、子ノ山、石老山、髙水山、日和田山と書いて来ました。今回は「相模 薬師山」、この山の名前としては有名ではありません。登山コースとしては、裏高尾と呼ばれるような十把一絡げの山です。木瓜爺ブログとしては、つい先日「実踏」したばかりの、つまり八十才でも歩けた山。珍百山としては、重要な位置付けになるのかもしれません。「実踏記」としては、サイト内検索を使用して、半角数字で 2215  から 2219 位の数字を入れて検索していただければ出てくる筈です。撮歩97-01 から始まっています。今日の写真は、このシリーズと重複してるものが殆どです。

本題に入ります。「新編武蔵風土記稿」に描かれた「峰の薬師」又の名「三井薬師」の図です。

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『薬師堂 別當三井寺 基立ハ明応年時ナリト云。本尊薬師 木坐像長一尺三寸 行基作 是ヲ峯ノ薬師ト号ス。或ハ三井ノ薬師ト称シテ。県中ニ名高キ一区ノ旧跡ナリ 麓ヨリ頂ニ至ル。十余町峻阪盤回シテ薛蘿(?たぶんセツラとよむのでしょう)出ツ。爾シテ又石階ヲ登ル。一百五十三級。頂上頗ル高ク聳て平坦アリ。茲ニ堂ヲ構テ巍然タリ。東照寺ノ額ヲ掲ク。裏ニ元禄七年。高座郡三井鄕。峰之薬師 願主鎌倉建長寺裏 正統庵下顕水附之ト刻ス。 此堂ヨリ望ム所。眼ニ遮ルモノナク。遠邇ノ山ハ蒼々靄々トシテ碧空ニ接シ、相模川ノ流ハ目下ニ素練ヲヒクカ如シ、実ニ眺望佳ナル一奇境ナリ』 (注:難しい漢字が多すぎるので、雰囲気を毀さない程度に現代漢字を入れさせて貰いました。)

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図の下の方の松の木辺りは、今は水の底なのでしょうね。さて、薬師山のある「峰の薬師」、木瓜爺が尤も信頼する薬師如来です。今まで何度もブログに書いておりますので、此所では割愛。アプローチは木瓜爺は橋本からバスで入って、「クラブ前」というバス停から歩いています。季節によっては「城山カタクリの里」でカタクリを見てから登ることを勧めておられる方の居られます。あとで触れますが、高尾山の大垂水峠から山を回って、ここを終点にされている方も居られます。「峰の薬師」には、トイレも飲料水もありますので、山歩きの基地の一つになります。

薬師から、下界を眺めています。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERAおなじみの「決闘の碑」。

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薬師堂そのものは、現代建物になってしまっています。行基作の薬師は、今は厨子の中でしょうか? 金色の薬師如来になられていました。

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手前の「姿三四郎の決闘」広場? に売店があります。

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この売店の方で、お守りを頂く(普通にいうと、購入する)のです。お寺の僧侶の方が座っておられることもあります。山を歩く人達が、一休みしている姿を見かけることもあります。

お参りした後、奧の院の「弥勒菩薩」にもお参りして・・・こちらも現代建築です。面白みはありません。

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風土記稿の記述に関連して、ちょっと補足をしておきましょう。ここは「津久井郡 三井村」でした。別当寺であった「三井寺」というのは、「明星山三井寺 臨済宗 青山村光明寺末 開山文湖甫 明応元年十月晦日化 本尊釈迦」と記録されています。額に描かれていた「東照寺」というのは、この薬師堂の初期の名前だったのではないでしょうか。つまり「東照寺」として「薬師」を祀ったのだけれど、寺が成り立たなくて、三井寺に薬師堂の世話をお願いした・・・木瓜爺の想像です。

帰り道のことを書きましょう。撮歩97 では、草戸山の方から川尻に下って行きました。このコースは、距離は長いのですが、殆ど下り一方なので、耐久力さえあれば、八十爺でも歩けます。

このほかの道のことを、ざっと書いておきます。電車の駅への最短距離は、「三澤峠」「草戸山」と進んで、右に下らずにそのまま尾根筋を直進し、「四辻」(あまり明確ではないけれど、道標はあったと思います)から、左に下りますと京王線の「高尾山口」に出ます。木瓜爺が歩いた記録をみると、次のようになっていました。「奧の院発10:40」「ふれあい休憩所11:04着、昼食、11:25出発」「草戸山 通過12:31」「四辻着13:18 小休止 13:25発」「高尾山口着13:46 途中、右足全体が硬直」。筋肉疲労か、塩分欠乏か分かりませんが、最後はかなり苦しんだようです。2010年3月のことですから、木瓜爺75才。草戸山から四辻までの標準タイム1時間の所を、47分ですから、完全にオーバーペース、アップダウンのある道ですし、右足が壊れてしまったのですね。 こういう歩き方はしないように。この無茶な歩き方、きっとトイレに行きたくなったのでしょうね。木瓜爺が撮歩でトイレが有るとか無いとか書いているのは、こういう失敗があった為だろうと思います。

大垂水まで出てゆく道は 2006年に歩いています。71才ですから、参考にはなりませんね。「奧の院 10:23発」で、「泰光山」だけは巻いていますが、「中沢観音」「こんぴら山」「大洞山」「大垂水峠」「梅の木平 14:00」です。写真は「中沢観音」山の上に立って居られます。

「三澤峠」から、「梅の木平」に下る道も3本あります。記録が見つからないのですが、多分、西山峠まで入ってから下る道が、足には一番優しかったように思います。

標準タイムの短いのは三澤峠からダイレクトに梅の木峠に向かう道ですが、かなり急坂だったと思います。これは、やはり2006年の記録がありました。2006/01/06お正月に「峰の薬師」にお礼参りしたときですね。「奧の院10:18発」「三澤峠 10:25」途中の記録がないのですが、「高尾山口 11:44」となっていました。梅の木平は11:20頃通過しているでしょう。この道が時間的には最短のようです。この頃は、まだ標準タイムに近いスピードで歩けたのですねえ・・・今や標準タイム×1.5 ですよ。75才から80才への衰えのものすごさ・・・

「梅の木平」には、「小坂」さんという「カタクリ群落を裏山に持っている」お宅があり、一般開放してみせて下さる場所が有名でした。最近どうなっているか・・続けておられるようでしたら、その時期は、梅の木平に下るのも良いでしょう。城山カタクリとどちらが良いかな?

ということで、珍百山-06 は、「峰の薬師」ということになりました。冒頭に書いた最近歩いたブログの初日をリンクして起きます。

30- 相模原散歩;木瓜爺撮歩97-01 「徳本碑」 (No.2215)

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