2015/09/25: 木瓜爺珍百山-07; 青梅・愛宕山〔1.愛宕神社 里宮〕 (No.2452)

珍百山は老人の散歩コースです。第七番を書くのに、尤も悩んだ事はトイレ問題でした。静かに思索をしながら、一人で歩くコースというのは、不便な場所なので、公衆トイレが殆どありません。しかし年寄りというものは、普通の成人よりも水をとらないと熱中症になりやすいし、飲めばトイレに行きたく成る・・困ったものです。爺様はいざとなれば、犬の仲間になって臭い付けをすればよいのですが、婆様はそうも行かない。コースにトイレがあることを条件にしたかったのですが、そうなると賑やかな場所になってしまう。今回の選定も、トイレがないので決定出来ない場所ばかりでした。仕方がない・・・犬になって貰おう・・・と、腹を決めてかき始めました。

里山であっても、地図は持っているほうが良いに決まっています。今回は、使っている地図から説明をします。「奥多摩東部 登山詳細図 御岳山・大岳山・御前山・浅間嶺」(発行 吉備人出版)と言う地図です。1:15,000 という縮尺。この製作に関わって居られる守屋一族(?)は実踏派ですから、登山者の知りたいことを、ちゃんと地図の中に付記してくださっています。 今回のお話に関連する範囲を、コピーしておきます。

m100-07-00 愛宕神社004

場所は、JR青梅線、二俣尾駅から始まります。「愛宕山」の愛宕神社を通って、愛宕神社奧の院までが今日の話です。

あまり利用者のないこの「愛宕尾根コース」、72、3才頃の木瓜爺のお気に入りコースでした。ここから登って、日の出山に縦走し、御岳山にでて、下りはケーブルカーで楽に下る、というのがお定まりのコース。しかし、今回は、「三室山」まで入って、吉野の梅郷の方に行く老人向けコースで紹介することにしました。

なぜ、この愛宕山コースを愛用したかというと、「老人に優しい登り勾配」なのです。急坂を登ると息が上がります、辛いなと感じる頃になると緩やかな勾配になり、息や心臓が落ち着くと次の急坂が出てくる、それを上がって、はあはあやっていると、また緩やかになる・・・そういう優しさのある道でした。そのイメージが強いものですから、トイレの欠点で落っことすのが、残念だったのです。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

丁度、梅や桜が咲く頃でした。二俣尾の駅を出たのが、8:25 少し東に戻った所から、多摩川の方に入ります。「奥多摩橋」で川を渡ります。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

上流側には、雪を被った山が見えて居ました。川苔山のあたりでしょうか? 2008/3/22の写真です。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

橋を渡って、「吉野街道」にでます。左折して暫く進むと、左側にコンビニがあります。これが、最後のトイレ使用可能場所です。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERAこの先は、日の出山か吉野梅の公園までないのです。次のトイレまで、コースタイムで三時間ちょっとかかります。老人には、何とも辛い話です。真夏ですと、ナントカもつかもしれませんが・・・犬になる覚悟をきめて、出発。

右手の方に、愛宕神社の鳥居があります。「新編武蔵風土記稿」に書いて有るか? うーん、手の内を読まれていますね・・

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

ここは、武蔵の国多摩郡三田領 「二俣尾村」かなあ? 「日向和田村」かなあ? 「日向和田村」多摩川を隔てると「日影和田村」だ? じゃあ「西二俣尾村」かな? 探したのですが、一番有望な「西二俣尾村」が見つかりませんでした。そうこうしているうちに、現住所が「柚木町」であることに気付き、「柚木村」だあ!

『愛宕山 これも村の南なり 山上に愛宕の社あるをもって名とす 羊腸して上がること凡そ十八町許』を見つけました。ここは、その「里宮」なのです。羊腸してというのは曲がりくねった細い道の意味でしょう。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

この神社は、Choi-Boke爺ちゃんが、青梅フォトウォークで訪ねています。そのブログは・・・3月18日:青梅フォトウォーク第7回-5  愛宕神社と不動堂

ネット上のデーターベースとしては、やはり「多摩の神社準備室」が最高で、『愛宕神社  鎮座地 柚木町1-904 (1-944というDBもある)
祭神 火産霊神(ほむすびのかみ)旧格式 村社 別当寺 即清寺 例大祭 4月24日  解説:元慶年間(877~84)即清寺開山の際その鎮守社として創建された。
本殿は山頂にある。建久年間(1190~98)源頼朝の命により、畠山重忠が再建したという。戦国時代、三田氏によって築かれた辛垣城の鎮守となった。
江戸時代、慶安元年(1648)には朱印地20石を賜っている。』「新編武蔵風土記稿」の愛宕社の記述は、奧社に到着しましたら・・・

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

さっきちょっと書かれていた「辛垣(からがき)城」という山城は、向こうに見える山にあります。

さて、登山堂はこの神社の後ろから始まりますが、とても三時間も歩けないという方のために、もっと短い散歩道を紹介しておきます。これが、ここを珍百山に選んだ理由でもあるのです。もう一度地図を広げます。

m100-07-01 愛宕神社2

現在地は真ん中辺の鳥居、愛宕神社です。ここから、下の方の「吉野園地」500mという道がありますね。そこから、即清寺に下れます。この道は、石仏達にも逢える散歩道なのです。出逢う石仏を多く望むなら、100m程登山道を上がってから、左折して「吉野園地」に向かってください。この石仏達は、即清寺の「境内八十八箇所霊場」なのです。「吉野園地と即清寺」は、先ほどの引用ブログの一日前に書かれているでしょう。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERAさて、登山道に入ります。この歌碑の前を通って、登って行く道です。のっけから急坂に感じますが、すぐ楽になりますから、あせらずゆっくり登りましょう。

ほらね、平になりました。見晴らしはあまりよくないのですが、行く度に視界が広がっていましたので、今はもっと見晴らしが良くなっていると思います。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

道標はある程度整備されています。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA先ほどの地図には道標の位置も書かれていますね。うんと新しい道標は出ていないこともあるでしょう。汚れ具合で判断しましょう。これは左吉野園地即清寺、右日の出山御岳山ですね。

それと、高圧線が明確に書かれています。これが目印として有難いのです。この地図が出たのが2012年。木瓜爺が奥多摩の山をあちこち歩いていたのが2005~2010年でしたから、もう少し早く出版されていたら、楽だったろうなあと思います。少し登ると、石仏に出逢います。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

これは、五十五番ですね。ここから番号が増える方向です。87番から88番までが長かったです。

道は、木の根を踏んで行くばかりではありません。すべりやすい赤土のところも有りますので、天候のことも考慮にいれて、歩く日を決めて下さいね。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

滑りやすい赤土は・・・下の写真。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

特に88番手前はU字に掘れていて、苦労するかもしれません。 KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

右は88番ですね。次の写真は、この側面だったかなあ? ちょっと記憶が薄れています。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

「如意輪観音」でしょう。88番を過ぎると、高圧線が目印です。高圧線をくぐると、道は尾根筋の縦走路的になり、500mで、奧の院の前を通ります。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

この標識は、奧の院の前に建っています。明日は、奧の院から・・・・奧の院の標高は584m。

広告
カテゴリー: 里山, 寺社, 散歩, 木瓜爺珍百名山 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中