2015/09/29: 木瓜爺珍百山-09 ;羽村・浅間岳 (No.2456)

本当は浅間岳でなくても良いのです。後日に登場すると思いますが、「府中・浅間山」とか、「飯能・天覧山」でもかまわないのです。要は、ちょっと歩く間が開いたときの足慣らしが欲しかったのです。平らな處をせっせとあるいていても、膝が上がらないと脚力は極端に低下してしまいます。木瓜爺は、この浅間岳で足慣らしをしています。歩く間隔がうんと開いて居る場合は、そのまま登りますが、そうでないときは、足に重しを付けて歩きます。時には重しの代わりに、3000m用の重い登山山靴を履いて行くこともあります。この靴、本当はビブラムの靴底を張り替えないといけない靴なのですが、張り替えても人間の方が3000mには登れないので、修理代がもったいない。そのまま練習用に使っています。見た目は何ともないのですが、壊れるときはパカッとはがれてしまいます(2000m用は一応張り替えておきました)。

木瓜爺が70才の時、「70歳からの山歩き」というbookをまとめ、CD-Rを作りました。サブタイトルが「失敗談大公開」。 その前書きにこう書かれています。

『ある朝、秩父の山に行きそびれて、その装備のまま裏山を散歩しているとき、一人の老人に声をかけられた。その方は、私の着用していた靴とスパッツに興味を持たれたようだった。伺うと75才で、最近健康維持のための山歩きを始められたらしい。奥さんが見繕ってくれたという、ヤッケ風の上着とズボンにアプローチシューズ風の革靴・・ローカットのものを履いておられた。私はたまたま登山靴(AKUのジャスパー)に、泥よけのスパッツをつけていた。しばらく立ち話をしたのだが、本当に高齢者の身になって書かれたガイドブックがあまり無いことに気づいた。で、これを書き始めた。』

『60歳からの山登りに関しては、いろいろな書籍もあるが、70歳から山に登ることは可能なのだろうか。若いときから鍛えていれば別だが、何しろ私は100m走のタイムが20秒という運動音痴で、野球やソフトをやってもホームランを打ったことがない腕力不足。自ら好んでスポーツを楽しむことはなかった。ただし、61歳から70歳までの期間にやっていた仕事では、約10kgの荷物を背負って日本中旅をしていたから、ゆっくり歩くことに関しては多少の自信があった。しかし、こんなことがあった。

残暑の頃だったが、仕事の帰りに、織田信長の居城であった安土城趾に寄ることにした。重い荷物を預けるコインロッカーも見あたらず、背広姿でリュック型のパソコン・バッグを担いだまま石段を登っていったのだが、汗はかく、目は回るで、天守閣直前でのびてしまった。しばらく休憩して、やっと天守閣跡にたどり着いたが、平らな道と石段ではまるで違うのだということを知った。その後、我が家の裏山・・・玄関の位置からいえば、表なのだが・・・を試しに歩いた。この地に引っ越してきた当時(40歳頃)、散歩するのに45分程度で一回りしていたのに、なんと90分かかってしまった。脚力も心臓・肺臓も能力1/2になっていることに愕然! このままでは、仕事を辞めた後、観光旅行もできなくなる。足を鍛え直さなくてはいけない。これが山歩きを始めた直接的な動機であった。69歳の誕生日少し前のことである。』

この「裏山」と書いているのが「浅間岳」です。 この「70歳からの山歩き」には、実踏記録とともに「これは老人向き」だと思われる山を記録しています。「Choi-Boke爺ちゃん」時代に敬意を表して、珍百山に入れて行きたいとおもいます。ただ写真は十分ではないと思います。その頃のカメラについては、こう書いています。

『【カメラ】必需品ではないが、実際には持って行きたいもの一つであろう。山頂からの展望や、登頂記念写真でアルバムを作るのは、楽しみでもあり、励みにもなる。山岳写真を写そうという意図だと、しっかりした三脚や中型・大型のカメラを担ぎ上げないとならないので、山初心者の老人には無理。強力さんにサポートして貰うほかはない。

通常は、記念写真+展望風景+登山道の山野草程度を対象と考えよう。山行き用カメラの決定版はない。基本的には使い慣れたものを使う、であるが、風雨に見舞われることがある、山は気温が低くなるので電池は弱まるということは覚えておこう。

また、うっかり岩角にぶつけることもあるから、多少堅牢なものでないと心配だ。裸でぶらぶらぶら下げて歩くのは良くない。ただ、軽量なのものは、転がったときのショック(重力加速度)も小さいので案外損傷が少ないようだ。私の場合、フィルム式カメラではニコンU2、オリンパスのL10などという軽い一眼レフを持って行ったが、最近はデジタルに移行して、コニカミノルタのα-SWEET(一眼デジカメ)とリコーのR2を併用することが多い。1台だけしか持てないときはR2だ。αの方は手ぶれ防止がついているので、三脚なしで何とか使えるのが選択の理由である。最近タムロンというレンズメーカーの18-250mmというレンズを入手した。このレンズ、全部の焦点距離で最短距離45cmを保っている。この性能なら、マクロレンズを別に持たなくても、山野草記録写真には十分である。と云うわけで、最近は、背負える荷重が問題ないときはR2でなく、αだけ持って行くということも増えた。出発時点ではザックの中だが、登山道で山野草に出逢い始めると、首からぶら下げる。ただし、歩くとき邪魔に成らぬよう、胸に縛り付けたケース(ラムダというメーカーのカメラケース)に納める。登りが急な場合には、αはザックの中で、ザックの背負い紐に取り付けたケースに入ったR2の方が主役になっている。』

つまり、歩く方を重点にしているので、歩くのが楽にならないと、カメラを引っ張り出さないわけです。ホルダーの名称には山の名前が付いているのに、実際に画像ファイルを見てみると、山の写真がなくて、草花だけしか写っていないというのが沢山有ります。

前置きが延々と続きましたが、この辺から本題に入りましょう。

電車で来られる場合は、JR青梅線羽村駅下車。西口から歩いて山麓まで来るのに20分強でしょうか。この山も、トイレが無い場所ですが、歩いて来た場合は、堰下橋を渡る前に、玉川兄弟の銅像の方に進んで頂くと、トイレがあります。橋を渡ってしまうと、左側のグランドの南隅に「簡易トイレ」が何基か設置されています。後は「羽村市歴史博物館」に入館して、トイレを借用するしかありません。数は少ないのですが、一応はこれだけあります。にもかかわらず、住居の生垣に放尿するかたも居られて、住民は、登山者など来るな! と、怒っております。住民の怒りをちょっと書いておきましょう。「鉢植えを自宅の石垣に並べて置いたら、持って行かれた。」「浅間岳の野草の花を見に行くのを楽しみにしていたら、根こそぎ抜いていった奴がいる。」「犬を連れて散歩する人がいるが、山の中、堤防の上で糞をしても、片付けない。犬が草むらに飛び込んで、貴重な野草を折って行った。」などなど・・・。登山者ばかりでなく、写真を写す人々にも、「写真に都合の良いように、草木を折ったり刈ったり、構築物を作ったり、勝手にやってしまう。」などなど・・・。 また、脱線してしまいました。

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歩く距離を減らしたいという場合には、羽村駅東口から、「はむらん」という100円バスの「羽村西コース」を利用して、「博物館前」で下車です。一時間に1便あるかどうかですから、時刻表(羽村西コース)(サイズ-188.78 KB) などで、確かめてください。なお、帰りは、同じコースのバスで、「羽村駅西口」に戻れます。

駐車場は、博物館見学者用があるだけです(バス停はこの駐車場の中にあります)。10台分程のスペースですが、鳥写真を写しに来る方が、朝早くから駐車場を占拠してしまうこともあります。 住民の苦情にもありましたねえ。「うちの車庫の前に車を置いて、山に登っていった」「大型の車が曲がることを考えないで、道路に車を置いていった」・・・川原遊びにやってきて、不法駐車する人も多くて困っています。特にこの川原遊びの方々は、ゴミを山のように残して行くのです。掃除にかり出される住民としては、腹が立ちます。こういう人種は遊びに来るな!

良く聞かれる質問「この辺に食事できる場所ありますか?」は「ございません」です。以前は「魚観荘」という料理屋があったのですが、廃業してしまいました。弁当持参が原則です。でも、殆どの方は、駅の方に戻って食事場所を見つけられるようです。なお、堰下橋の少し手前に、毎日営業ではありませんが、隠れ家的喫茶店が一軒出来て居ます。

山には、水場もありません。博物館にも水飲み場はありません。自動販売機に変わってしまって、博物館に見学にくる小学生も困っています。唯一、博物館と清流会館の間にある「丸山児童公園」に蛇口があります。出しっぱなしにはしないでくださいよ。とまあ、住民の立場で、入場制限になりそうなことを並べておきました。

どう歩くかという話になるのですが、Choi-Boke爺ちゃんのブログで、「一番楽しめるコース」を紹介させて頂きます。ただし、これは、80才の木瓜爺としては、まだ歩いていません。最後に歩いたのが、喜寿の祝いに頂いた登山ズボンを穿いて出かけて、鉤裂きを作ってしまったのだから・・・77歳ということかな?

12 木瓜爺撮歩50-7 浅間岳から西へ (No.1435) ブログは4日ほど続いています。

歩かなくなった理由は二つありまして、一つは単純に自分のスタミナがなくなったことですが、もう一つは、路が荒れてしまったのです。とくに、浅間岳から満地峠に行く道が、杭などの老朽化に加えて、ダブルストックで突き崩されたり、走って行く人々(マウンテンバイク・トレイルランニング両方あります)によって毀されたりして、滑って転ぶ危険が増えてしまったのです。

m100-09-02 F4610長屋門

本題の「老人用コース」としては、長屋門の前から上がって、羽村神社にお参りし、山頂で一休みし、往路を下るか、羽村大橋東詰めの方にでて行くかです。このコースについては、02- 羽村漫歩;木瓜爺撮歩73-34 晩春の浅間岳 (No.2307)  (単純往復)

11- あきる野散歩;木瓜爺撮歩82-20 浅間岳登山道と朝日山 妙見堂 (No.2286)

などを参考にしていただければ良いでしょう。なお、ちょっとアレンジして、あきる野市菅生に下ることも出来ます。

05- 重心移動がうまく出来ないよ! :木瓜爺撮歩69-1 浅間岳から旧満地トンネルへ (No.1733) このブログも、平地に戻ってからブログ6日分程、延々と歩き回っています。・・・78歳はまだ元気ですねえ!  最後の例では、旧満地トンネルから先の交通機関を調べて置いてください。菅生高校から小作駅西口や秋川駅に出るバスがあります。西多摩霊園と福生駅を結ぶ路線もあります。菅瀬橋まで出れば、福生駅-五日市のバスもあります。いずれも「西東京バス」でした。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERAこの山にある神社は「羽村神社」ですが、地元民は「浅間神社」と呼ぶことの方が多いでしょう。「新編武蔵風土記稿」の絵図には、この山は「浅間山」と記されています。祭神の筆頭は「木花咲耶姫命」。「秋葉神社」と「愛宕神社」あたりが合祀されており、コンクリート社殿のなかに、石祠が三個並んでいます。ちなみに「新編武蔵風土記稿」では、『浅間社 村南の山林にあり 小祠 村の持』と書かれています。

この神社からの展望をお目に掛けましょう。中央の田圃は、春には「チューリップ畑」になる場所です。 右手に、ちょっと木が邪魔しますが、スカイツリーも見えて居ます。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

山頂に行きましょう。ここから50m以内です。山頂手前に地図がありました。

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小作駅に行くコースが描かれています。これは、「浅間岳から西へ」のブログで、満地峠に下り、登り直しをせずに、そのまま右に進むコースです。ここを逆に、つまり小作駅から歩かれる方も居られます。

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山頂に着きました。今日は、冬の冨士山を眺めて、終了にしたいと思います。

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そりゃ見えますよ。「浅間山」なのですから・・・ただ最近は木が茂ってしまって、枯れ葉が落ちないと、見えてこないのです。

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山頂南側の道標です。これを右に進むと、あきる野や青梅の方に行く道です。左が、妙見山や羽村大橋西詰めに行く道。向こう側は「立川国際」のゴルフ場です。たまに、浅間岳にボールを打ってくる人もいますので、注意して下さい。(山頂に張られたネットは、その防御です)。

とりとめのない第9番でした。10番は、Choi-Boke爺ちゃんが「推薦している山」から選びます。ということは、お寺でなくて、本物の山だということですねえ・・・ちょっときついかも・・

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