2015/10/02: 木瓜爺珍百山-12 :世界一・日本一 山見て楽しむ・・法台山・大泉寺 (No.2459)

とうとう始まりました。Mountainでない「山」です。これだと、90歳でも行ける場所があると思うのです。勿論、多少は足で歩く事が求められますよ。木瓜爺としては、あの世に行く寸前まで、活き活き生きて欲しいから、こんな「珍百山」などいう詰まらぬことを、楽しんでいます。

IMG_0322「マウンテン」の楽しみ方にも色々ありまして、その中には「見て楽しむ」というのがあります。このステージの主人公はなんと言っても「冨士山」でしょうね。北アルプスの「槍ヶ岳」なども、登れない人でも、一目見て「槍だー」と喜ぶ山です。木瓜爺も登れないけど、近くで写真を写して来ようと出かけ、PC画面の壁紙に使っています。

歩いて、何か食べるという山もあります。「高尾山」などがその筆頭。「高尾山」を見て楽しむと言う人は、木瓜爺本人以外に見かけません。

「冨士山」は昔から日本一の山ということになっています。標高(3776m)が一番高いという意味です。これが崩れた時期があります。冨士山が崩れたのではなくて、別に高い山が編入されたのです。明治時代「台湾」を日本領有地にしたときです。「新高山(ニイタカヤマ)」・現在名は「玉山」です。これが、標高(3952m)。「ニイタカヤマ」になる前の山名はいろいろ有りまして、清朝では「八通関山」、その他「雪山」「モリソン山」などなど。太平洋戦争開戦時の暗号「ニイタカヤマ ノボレ」で、よく知られるようになりました。「玉山」は怒っているでしょうね。終戦後は、「冨士山」が日本一に帰り咲いたわけです。

「高尾山」の方は、ついこの間から「世界一登山者の多い山」ということになりました。木瓜爺、高尾山の「山容」はどんなだっけ? と言う疑問をもち、あちこちから高尾山の山容を眺めた結果、「日本一の冨士山」と「世界一の高尾山」が、一度に眺められる「山」にたどり着いたのでした。それが、「法台山」です。

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白い山は「冨士山」、手前の右側の山が「高尾山」なのです。左下の山中に褐色の塔が見えますね。あれは、JR高尾駅に近い「みころも霊堂」です。この写真は、「法台山 大泉寺」の境内から、塀越しに写しています。

では、大泉寺の方の紹介に移ります。ここにたどり着く詳細は、Choi-Boke爺ちゃんのブログ、11月9日:木瓜爺撮歩47-4 日本一(冨士山)と世界一(高尾山)が見える「法台山大泉寺」 (No.1402) に書いています。

m100-12-01 DSC_0031簡単におさらいすると、JR八王子駅から、「バ01」か「ひ01~08」の路線で「八王子郵便局」に下車。そのまま「ひよどりトンネル」の方に進み、交差点の東北隅から、木瓜爺云うところの「冨士見通り?」狭い路を上がって行くのです。「吞龍堂」という名前の残る空き地を回って、大泉寺の石段下に到着します。この路の途中の至る所で、冨士山と高尾山の2ショットは撮せますが、手前にビルなどが邪魔する場所もあります。

「大泉寺」は、こちらに引っ越したのが昭和53年なので、「新編武蔵風土記稿」では、元の場所の話になってしまいます。それで「八王子仏教教会」の資料に頼ります。

『法台山  大泉寺  だいせんじ  宗 派 曹洞宗
御本尊 釋迦牟尼佛(宝冠の釋迦)年代不詳
寺  宝 佛乗慈僊和尚筆(曹洞宗一七九八~一八七〇)「出山釋迦像」
開  基 甲府市古府中町大泉寺九世陽山宗廣大和尚
開創年 寛永3年(一六二六)

当山はもと港区麻布今井町(現六本木三丁目)にあり、寛永三年(一六二六、三代将軍家光公治世)
豊後(大分県)岡藩城主(竹田城七万四百四十石)中川内膳正久盛公が、甲府市古府中町大泉寺(武田信玄公の父、信虎公の開基。武田三代の寺)九世陽山宗廣大和尚を請して建立された。久盛公は、法号を法台院殿心鐵宗安大居士と号され、よって法台山大泉寺という。現在二十三世、両大本山は福井県の永平寺と横浜市の總持寺。昭和二十年五月二十五日第二次大戦の空襲で罹災、同五十三年八月、八王子市の現在地に移転。』

と書かれています。前出のブログと重なりますが、いくつか写真を挿入しておきます。

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脇に「道了尊」も祀られていました。

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「カメラマンお断り」のはり札などが出ないように、礼儀正しく、まず本堂前で「合掌一礼」。お釈迦様にお願いしてから、見物して下さい。運良くお寺の方に逢えたら、声をだして、ご挨拶し、素晴らしい景色を拝見しております。と伝えれば良いでしょう。ご本尊の「宝冠の釈迦」のことや、道了尊のいわれなど伺うというのも、会話の種の一つです。

冒頭のツーショットはちょっと望遠拡大していますので、もう少し広い視野のものを入れておきます。高尾山が全体で写っています。

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そういえば、トイレの事を書いていませんでしたね。下の道には、コンビニがあったように思いますが・・・お寺の場合、墓地が近いと墓地の入口あたりに作られていることもありますが、無住の場合などはお寺にお願いすることも出来ません。こちらは、お参りしたとき、必要性がなかったもので、どうなっていたが記憶していません。ゴメンナサイ。

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