2015/10/08: 丹沢;木瓜爺撮歩99-29 大山 (No.2465)

木瓜爺は、70歳直前まで働いていたのですが、請け負っていた仕事を放棄せざるをえない失敗の原因になった山歩きがあります。それが、この「丹沢・大山」なのです。山歩きの失敗というと、滑落して足を骨折したというような事が多いのですが、この木瓜爺の失敗は、よく分からない失敗なのです。本人は失敗していたとは全く思っていなかったのですが、右腕が肉離れを起こしてしまったのです。

2005/1/14 天候:晴 D70を持って出ています。荷重は8kg程に制限していますが、一応軽アイゼンやスパッツは持ちました。八王子から横浜線で町田に行き、小田急に乗り換えて「伊勢原」下車。バスで大山ケーブル駅へ。9:08に到着しています。此所までの所要時間は3.5時間。今では、これだけでくたびれて、もう帰ろう・・ですね。追分のケーブル乗り場までは20分ほど歩きます。「大山寺」に寄るつもりだったのですが、そのまま「阿夫利神社下社」まで行ってしまいました。珍百山に入れるとすれば、「大山」ではきついから、「雨降山(あぶりさん) 大山寺」かな? このお寺結構面白いのですよ。ホームページを見ると、こう説明されています。『大山寺の開基:大山寺は、奈良の東大寺を開いた良弁僧正が天平勝宝七年(七五五)に開山したのに始まります。
行基菩薩の高弟である光増和尚は開山良弁僧正を継いで、大山寺二世となり、大山全域を開き、山の中腹に諸堂を建立。その後、徳一菩薩の招きにより、大山寺第三世として弘法大師が当山に入り、数々の霊所が開かれました。大師が錫杖を立てると泉が湧いて井戸となり、また自らの爪で一夜にして岩塊に地蔵尊を謹刻して鎮魂となすなど、現在は大山七不思議と称される霊地信仰を確立しました。また日本古来の信仰を大切にし、尊重すべきとのお大師様のおことばにより、山上の石尊権現を整備し、伽藍内に社殿を設けるなど神仏共存を心掛け手厚く神社を保護してきました。元慶八年には天台宗の慈覚大師の高弟・安然が大山寺第五世として入山。伽藍を再興し、華厳・真言・天台の八宗兼学の道場としました。これより大山は相模国の国御岳たる丹沢山系の中心道場として各地に知られ、別当八大坊をはじめとする僧坊十八ケ院末寺三、御師三百坊の霊山として栄えました。しかし明治初年の廃仏毀釈により、現阿夫利神社下社のある場所から現在の場所に移りました。関東一円を初め日本中の強い信仰に支えられ、幸いにもご本尊を初めとする,数々の寺宝は破壊を免れました。
明治期に数多くの信者たちの寄進によって現在の位置に本堂をはじめ数々の伽藍が再興され現在に至っています。大山寺はまさに多くの信者に支えられた一大霊地といえます。』

ここで、ちょっと注意していただきたいのが、「行基菩薩の高弟、光増和尚」。こういう方が、「第二の行基」の役割を果たされ、東国各地の行基伝説を作られたのではないでしょうか? 昨日書いた「石尊」も、ここが中心地だと見当が付きましたね。・・・そのために、今日のブログにしたんですけどね・・・それと「弘法大師」が住職を務めたお寺というのは、珍しいでしょう? 珍百山の有力候補なのです。木瓜爺の家からはちょっと遠いのですが、頑張って再訪しようか・・

m99-29-01 大山 001

話を戻します。これが「下社」ですよね。「m99-29-00 大山 005阿夫利神社 下社」の中から、登山道が始まりました。9:45出発、16丁目10:40 20丁目「富士見台」11:00着。数日前に降った雪がまだ残っています。ここで、スパッツを着けました。木瓜爺足癖が悪くて、自分の靴でズボンの裾に泥をつけてしまうのです。

さらに上る事40分、「阿夫利神社本社」に到着。木瓜爺、「上社」と「奧社」がよく分かりません。同じものを指していると思うのですが・・ 大山寺の方が「奧の院」で、「阿夫利神社」が「上社」なのかなあ?

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これが、「奧の院」。「上社」はどこだ?

m99-29-04 大山 014

 

 

 

 

 

山頂部の建物は「奧の院」となっています。そうか・・「上社」の方は前に人が一杯いて、写さなかったのかも知れません。というのは、境内は雪が溶けて、再凍結した状態でしたから、人間が腰を下ろせる場所があまりなかったのです。

上社拝殿こんな拝殿があるそうです。m99-29-05 大山 017

 

 

奧の院の横のベンチが明いたので、そこで昼食。凍らないようにパンにしていました。そこで、隣り合った方と会話。ヤビツ峠に行くというと、かなり凍っていますよいう情報。おそるおそる歩き出したのですが、分岐点で、ヤビツ峠側から登って来た人に確認して、勧めに従い、軽アイゼンを装着して歩く事にしました。

所要時間20%まし位のスローペースで下って行きましたが、確かにすべる・・ストックを3本目の足にして、ふんばりながら、そろそろ進行・・・ヤビツ峠で道が分からなく成って、20分ほどロスタイムが発生しましたが、15:20には蓑毛というバス停にたどり着き、15:30の予定バスで秦野に戻る事もできました。 めでたし、めでたし の筈だったのですが・・・

m99-29-06 大山 019

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予定していた仕事の前準備にかかって、PCのキイボードを叩くと妙に腕が痛むのです。「右ひじ」から「二の腕」にかけて、どうもおかしい? 整形外科で電気でもかけてみたら? と云われて、出かけました。すると、医者が腕をもちあげて、二の腕の筋肉をひょいと押さえたのです。「イテ-ッ」。「これは肉離れですね。バラバラになりかけているから、固定しておきましょう」。なんと、石膏ギブスをはめられてしまいました。その状態では、左手一本でキイボードはむりだなあ・・・あわてて、関係機関に連絡をとって、仕事を返上です。なんと、直すのに1.5ヶ月ほどかかってしまいました。原因は、ストックの使いすぎらしいのです。滑らないように、転ばないようにと、力を入れすぎたのかもしれません。参ったなあ・・・ 老体はこういうつまらぬ目にあうこともあります。多分、正月の間、ストレッチなどをサボっていた祟りだったのでしょうね。

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