2015/10/14:青梅街道・武蔵大和駅付近;木瓜爺撮歩98-54 愛宕山 醫王寺 圓乗院 〔1〕 (No.2471)

朝から部屋の書類をかたづけていたのですが、うっかりしてこの撮歩で使っていた地図をどこかに仕舞ってしまい、清水神社からどう歩いたのか、あやふやになっています。写真を見ながら思い出します。確か清水公園の方の道に出て、右に進み、人間と自転車用の道で左にすすみました。すると、m98-54-01 F7637 こんな標識がありまして、「円乗院へ」と書かれているので、それにしたがった歩いたのですが? その道は、元川(水路)ですね。こういう風にコンクリートの蓋が乗っていて、その上を進みました。m98-54-02 F7638

そして、車の通る道路にでて、それを横断、ちょっと左にぶれて・・・m98-54-03 F7640

今度は此の標識で、また右折。車の少ない道になっていますので、小歩危老人でも安心して歩けます。園乗院までは、真っ直ぐです。m98-54-04 F7644

突き当たりの正面に円乗院が現れました。

ここは、「新編武蔵風土記稿」では、「後ヶ谷(うしろがや)村」です。調査の当時、『民戸 天正の頃は十二軒ありしか後稍く増加して今は四十五軒となれり いつれも山に傍て散住せり』というような場所で、田畑を耕作しない時期には『薪を伐りて江戸へおくり 傍ら養蚕のこともなせり』だったと書かれています。不思議なのは、そんな村で在りながら、7つの神社、二つのお寺と観音堂まであったことです。代官所が置かれたことが関係しているのでしょうか?

今思い出したのですが、親友がこのお寺について書いているブログがありました。やはり、2日に分けて書かれております。2011年ですから、多少違っているかもしれませんので、参考までに、入口を作っておきます。写真はtajiさんの方が、綺麗ですよ。
https://taji1325.wordpress.com/2011/01/17/1%e6%9c%8818%e6%97%a5%e3%80%80%e6%84%9b%e5%ae%95%e5%b1%b1%e5%9c%92%e4%b9%97%e9%99%a2%e2%85%a0/

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この「愛宕山 醫王寺 園乗院」は、風土記稿では、ほんの少し異なる名前になっています。山名の「愛宕山」は、境内に愛宕祠を鎮守として祀っていたからでしょう。

『園乗院 除地七畝二十六歩 是も字南方と云ふ所にあり 新義真言宗豊島郡石神井村三寶寺末なり 愛宕山東園坊醫王寺と号す 開山は賢譽法印と云 平治元年二月八日寂せり 本堂七間に六間半 南向 本尊不動 木の坐像 二尺五寸許 又薬師の像八寸許なるを安置す 恵心の作なるよしをいえと秘してみることをゆるさすと云』

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山門前に大きな石碑、「園乗院」と書かれています。此の石の向かって左の階段が山門への道。右側は通用門なのですが、通用門を入った所にトイレが有りますので覚えておいて下さい。参詣人用です。たしか「通りすがりのかたはご遠慮ください」と書かれていました。

ここは、「石仏」が沢山おかれています。一つ一つ拝見していましたら、本堂に到着するのは、明日になりそうです。・・・まあいいか、ゆっくり行きましょう。まず「六地蔵塔」。

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この横に墓地があります。そこに凄いお墓がありました。昔の檀家さまか、はたまた開基者なのか、よく見ませんでしたが、墓の門番(?)が仁王様なのです。光線のコントロールがうまく出来なくて、写真はおそまつなことになってしまいました。その手前にあったお地蔵様は、お気の毒な形(首ナシ)になっていました。m98-54-08 F7653

仁王様は下の写真です。

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さて、山門ですが・・・ありゃりゃ、また、ゴミ・ハレーションかな? どうも逆光に弱いレンズです。この山門「鐘楼門」で、二階に鐘があります。下には仁王様がおられます。

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この「鐘楼門」は「新編武蔵風土記稿」の時代には珍しくなかったのか、「鐘楼」については、次のように書かれています。山門を兼ねて居るとは分かりません。

『鐘楼 本堂の正面に建つ 二間に三間 鐘は圓径二尺二寸 このか子(かね?)寛延二年十月住持乗譽の代に鋳成したれは銘文に載せす』新しい鐘だから銘文は記録しないといういみですかな?

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仁王様は金網の中なので、上半身だけ写しました。

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この立て札によると、寛延2年だと書かれていますね。最初から鐘楼門だったのですかねえ?

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境内参道には、お地蔵様が並んで居られます。この「小僧地蔵」達の写真はtajiさんのブログに任せました(?)。

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さあて、これはなんと読むのだ? 木瓜爺最近手書き文字入力をつかって、読みも見つける事にしています。こんな字ないなあ・・「妄去」「真来」でしょうか? なんとなく、意味は分かるような気がします。「妄執を捨てれば、真実が分かる」のような意味でしょう。m98-54-17 F7669

こちらは、本堂ではなくて、寺務所のようです。こちらは、武蔵野33観音の八番と多摩四国八十八箇所の三十八番と書かれていましたね。いわゆる「札所」ですから、御朱印を頂きに来たり、納経の方が見えるのでしょう。山門の方を振り返りました。ここからは鐘が見えますね。

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「手水舎」によって、手と口をすすぎます。網が張ってあるのですが・・鳥が水浴びに来るのかなあ?m98-54-19 F7671

m98-54-20 F7673園乗寺

やっと、本堂下までやってきました。本堂そのものは「近代建築」のようです。途中が長くて(オーバーですねえ。単にブログの入力に手間取っただけです)、木瓜爺くたびれました。今日はこの辺で、一休みします。まだまだ、有るのですよ・・・

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