2015/10/17: 町内会・自治会 要・不要論議  (No.2474)

撮歩種がちょっと途切れまして、今日明日は雑談です。

10日程前でしょうか、朝日新聞で「町内会・自治会」の要・不要を読者が論議していました。当初デジタル板で投稿を求めたのだそうですが、PC使えない方から異議が出て、文書投稿も併用することになったようです。

予想した通りのデーターになったのは、年代と要否の傾向でした。簡単に云うと、常識的に考えて、年をとった人ほど「要」が多くなり、若い世代は必要性を感じないだろうということです。特に70代以上の方は、「隣組」という「地域集団活動」が脳裏に焼き付いています。農村では、昔から生活するための地域集団が存在していましたし、都会でも、戦時中の「消火・避難・竹槍・・・」練習も含めて、この隣組という組織に馴染んでいました。 それに対し、若い世代は「集団主義」ではなく、正反対の「個人主義」に進んでいます。そう言う価値観や生活習慣からは、町内会も自治会も生活に関係ないと思ってしまうでしょう。気になったのは、「ゴミ出しがなければ、町内会も自治会もいらない」「行政がやれば良いことを、町内会にやらせている」といった言葉です。「行政にやらせる」というのは、「もっと税金を払う覚悟はあるのだね?」と尋ねたくなります。こういう発言がまかり通るということは、経済的に豊かで、平和なのですね。

木瓜爺は、町内会や自治会が全く不要になる世の中になれば良いな とは思います。なぜなら、自分の身や生活を守るために「自治会組織」が必要な人生を送ってきたからです。そして、行政にやれることの限界を見て来たからです。

その一つの例として、2015/7/20のブログに「生活橋」のことを書きました。たまたま、本箱を整理していましたら、当時の新聞の切り抜きが出て来ました。それをお見せしましょう。昭和50年1月13日の朝日新聞 です。

生活橋新聞記事切り抜き

これは、後に一つの町内会になった二つの自治会の共同作業です。「行政」は、庶民のことなど考えてくれない・・それなら、自分たちでナントカしなきゃ仕方がない。こういう時には自治会が必要なのです。

この二つの自治会、性格は全く違っていました。この地域に住み始めた時期が違いましたし、自主的に管理しなければならない問題が異なっていました。一番大きな違いは、屎尿処理です。先住者の住居は「くみ取り」方式でした。後住の木瓜爺達は、自分たちで管理する「集中浄化槽」を持っていました。木瓜爺は、成り行きでこの集中浄化槽の管理担当を10年ほどやった覚えがあります。5年単位のメンテナンス計画を作り、機器の管理、日常的運転など、専門業者と契約して管理に当たりました。業者が提出する定期的な検査レポートをチェックし、水質の管理図を書いて、状況把握・分析をして、計画の修正などをやっていたのです。 報酬? えーと、通常納める会費(汚水処理経費用)が、一般の方の半額でした。・・・後に、羽村市もやっと「公共下水道」を接続してくれまして、自営汚水処理が不要になり、それを機会に自治会は解散し、町内会に一本化されました。自治会というのは、自治すべき問題がなくなれば、消えて良いものなのです。でもね、実は「自治会内の建築基準」というのを定めてあって、家を建てる方にそれを遵守していただくことで、住みやすい町のたたずまいを維持しようと努力していました。それが、自治会解散したとたんに、ぐちゃぐちゃになってしまいました。

町内会というのは、もう少し複雑ですね。行政組織の下部機関として、行政側に頼られている場合があります。言い換えると、「税金を納める代わりの労力奉仕」の面があるからです。最近は地方自治体(市役所)が、「各戸配布資料は、町内会に配らせるのではなく、報酬を出して誰かにやって貰う」というようなことを始めていますが、この場合でも、「誰」を決める為に「町内会」の情報を利用しているようです。「民生委員」の任命などもそうですね。

防犯や防災という面でも、行政のマンパワーの不足を多少は助けているでしょう。「ゴミ出し以外は(町内会に入っていないと、町内会で決めたゴミ置場にゴミが出せないという地域があるようです。羽村の場合は「各戸」という分散ゴミ出し方式)」という方は、見えないところで、町内会役員がどんな苦労をしているかという観察ができていないのでしょう。そんな風に感じます。

木瓜爺の住む羽村、多摩川には沢山の人が遊びに来ます。その人々の中には、川原に沢山のゴミを残して帰る人がおります。このゴミ、誰が片付けているのでしょう? 国土省(水道局)の方でも、人を雇って、川の掃除としてやっていますが、わが町内会も、生活環境の整備として、年に二回は川原のゴミ拾いをしています。

ちなみに、わが町内会の会則にはこう書かれています。「本会は、会員相互の親睦を図り、生活環境の整備、安全で住みよい地域づくりを目的とする。」・・・ですから、当分、この町内会はなくせないでしょうねえ。

多くの町内会の規約も似たようなことが書かれていると思いますが、「会員相互の親睦」の部分が強すぎると、「町内会といっても、飲み会だけじゃないか」と、だんだん協力をえられなくなるでしょうね。

何も写真が無いというのも淋しいので、田圃で写してきた案山子君に登場して貰いましょう。もう、稲刈りは殆ど終わっていました。案山子も引き抜かれて山積み。一箇所だけ、案山子が並んで、収穫祭の踊りの練習をしているようでした。

DSC_4961

収穫祭で踊る(?)案山子達としては、facebookに載せた次の写真の方がいいなあ。次の写真です。

DSC_4958c

明日は、昔やったちょっと風変わりなボランティア活動(?)のお話でつなぎます。多分これをお読みいただいている頃には、明後日分の撮歩取材に出掛けている筈なのですが・・・

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