2015/10/30: 奥多摩散歩(?スペシャル);木瓜爺撮歩92-23 鷹ノ巣山から奧・浅間神社へ (No.2487)

もう一度歩いてから書きたかったのですが、ちょっと無理なようなので、70才当時にもどりまして、「御巣鷹御林山」のことを書いておきたいと思います。「新編武蔵風土記稿」を見ていますと、「留浦村」にこんな記載があります。『御巣鷹御林山 十四ヶ所あり』 これだけです。これが出てくるのは、ここと「原村」で、原村は『御巣鷹御林山 字檜尾にあり』。

さて、「御巣鷹御林山」って何でしょうね? 調べて見ると、これは大名の道楽(?)であった、「鷹狩」用の「鷹」をとる山なのです。つまり、鷹が巣を作って、卵をかえすような生活環境を整えてやり、大名の注文に応じて、そっと捕まえて、売ったわけですね。留浦には、そういう山が十四箇所もあったと云うのです。徳川幕府に力があった時代には、この商売、結構コンスタントにやれたのではないでしょうか。各大名は、自分の領地で調達するでしょうから、ここは、徳川一族と旗本用でしょう。やがて、武士が消え、鷹狩りという遊びも消え、「鷹ノ巣山」という山名だけが残りました。全国各地に「鷹巣山」があるようですが、こういう背景があったと思って間違いないでしょう。

「留浦村」の北側は、「日原」になるわけですが、「新編武蔵風土記稿」の時代には、『氷川村枝鄕 日原』と書かれています。『平地なく嶮岨のみなれは民戸七十 烟山の中腹に散在せり』 原島丹次郎の開拓です。古里開拓の原島丹三郎とは兄弟なのです。

『大雲取山 村の西 甲斐国丹波山村と秩父郡大皿川村の堺にあり・・』。この日原の神社仏閣も歩きたいのですが、なにしろ「嶮岨」ですから、いつ歩ける事やら・・・日原の鍾乳洞は「石山権現」という社だったようです。

さて、七十才の木瓜爺、2005/9/13 日原から「鷹ノ巣山」に登り、避難小屋経由で「奧」に下っています。この時「浅間神社」の鳥居だけくぐっているのです。それで、ひとまず、奧・浅間神社には行ったことにしておこう、という魂胆です。

先日、峰谷行きの時、先に「東日原」行のバスがあったと書きましたが、まさにその一番バスに乗っています。この頃は6:00の発車で、東日原には6:28についています。

東日原でトイレをすませ、中日原の登山道入口に向かっています。

 

 

 

 

 

 

この特徴有るトンガリ岩、「稻村岩」といいます。本当は「稲叢」じゃないかと思うのですが・・・風土記稿では『梵天磐』と書かれている岩だと思います。「稲叢」っていうのは、刈り取った稲を乾燥させるために積み上げた山・・原始的スタイルです。

登山は、日原川を渡って始まります。6:35位から歩きはじめて、この巳の戸橋を渡り、対岸を上流に向かって歩きはじめました。ナナメに傾いた道をあるくので、滑り落ちないかとびくびく・・・全然写真など撮していません。「稻村岩のコル」に着いたのが、8:07ですから、標準タイムの1.5倍ほどかかっています。最初は稻村岩に登るつもりだったのですが、あまりに時間がかかるので、寄り道をあきらめ、鷹巣山に直行することにしました。急な登りが、続きます。コルの出発が8:15、1055m地点9:21 小休止して9:30出発、1250m地点着10:14、また小休止して10:20出発、1340mに10:47・・・100m上がるのに20分かかっていますね・・・10:50出発して、「ヒルメシクイノタワ」面白い名前でしょう、11:20。この辺で、エネルギー補給しないといけなかったのかなあ・・・今ならそうしていますね・・11:30出発して、鷹ノ巣山山頂着12:20。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERAもうふらふらで、地面にへたり込み、のろのろと、三脚を立ててカメラを乗せました。手持ちで撮せないのです。ノビている記念写真がありました。所要時間的には、ぴったり1.5倍のペースでした。この「鷹ノ巣山」標高は1737mなのですが、羽村の浅間岳からみると、雲取山より高い山に見えます。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA登山のガイドブックなどをみると、峰谷からは4時間ほどで登るようです。奥多摩湖のダムのある水根からの登りだと5時間ちょっと。木瓜爺が選んだ日原からですと、3時間ちょっと、つまり最短を選んだのですが、その分きつかったようです。

後から登ってこられた女性に、登ってこられただけで凄いものですと、慰め(?)られて・・・弾んだ息が収まって、昼食をとり、やっと人間に戻りました。シカの害を防ぐために、捕獲をしますというビラを貼り歩いておられる方にも遇いました。これも大変な作業ですね。

山頂からの展望はかなりあるのですが、写真は「大岳山」「御前山」方面だけですね。右にパンして行くと丹沢の山がずらりと並び御正体山を経て冨士山となるはずなのですが、何故写していないのかなあ?きっと、その元気もなかったのですね。あ、分かりました。方角が変わると雲が多かったようです。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

足も痛むので、一時間近く休憩して、峰谷に向かって下ります。まずは、避難小屋によってトイレを借りよう・・・KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

見納めになるかも知れない 山達に敬礼!

ということで、避難小屋にやってきました。ここから、西に行くと七つ石山方面です。峰谷に下るのは「浅間尾根」と呼ばれる尾根をゆきます。この名前は、尾根の南端に浅間神社があるからでしょう。

 

 

 

 

 

 

登山道そのものが鳥居の下をくぐります。木瓜爺のカメラには、この鳥居しか写ってていないのですが、ちゃんと神社としてお参りすると、小さな社殿もあるのだそうです。昨日見つけたのは、「東京登山」というブログサイトの中で、「奧 浅間神社 浅間尾根」という記事。これによると、小社が点在していて、一番奥(つまり一番高い所)に神殿とこわれかけた覆殿があるようです。

m92-23-10 浅間神社1

m92-23-11 浅間神社2

 

 

 

 

 

この写真は、どこで拝借したのだろう? ゴメンなさい・・出典を忘れて、無断借用になってしまいました。だいぶ前の写真のようですから、現在はもっと痛んでいるかもしれません。「新編武蔵風土記稿」では、留浦村には「浅間社」はありません。だいたい「奧」には何も書かれていないのです。

まあ、あの尾根まで、登る機会がありましたら、ちゃんと写して来ます。

奧の集落からの下り道でしょう。これは、かなり下の方ですね。さて、明日は、「珍百山」を一つ決めます。

広告
カテゴリー: 里山, 寺社, 散歩 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中