2015/10/31: 木瓜爺 珍百山-16 ; 光雲山 宝蔵寺 〔尾崎観音〕 (No.2488)

あきる野市にある「光雲山 宝蔵寺」別名を「尾崎観音」といいます。ここを珍百山に入れる事にしました。大きな理由は、静かで、老人がお弁当を持って行って、ぼんやり過ごすのに好適だからです。今日は、「光雲山 宝蔵寺」そのものを紹介し、明日は、ここを含めた木瓜爺の散歩例を書こうと思っています。歩いたのは2015/10/25ですから、ごく最近です。

m100-16-01 G_9616宝蔵寺には、福生か、五日市からバスに乗ることにします。福生駅前-五日市の西東京バスで「菅瀬橋 経由」に乗って、「尾崎観音」で降りれば門前です。1時間に2便あります。所要時間は15分~20分でしょう。

Choi-Boke爺ちゃんのブログで、ここを紹介したのは2012年のことでした。

2月17日:木瓜爺撮歩31-2 尾崎観音(光雲山宝蔵寺観音堂)

そして、木瓜爺ブログでは、今年の四月 29- あきる野市散歩;木瓜爺撮歩82-19 ぼけ封じ 関東33観音・第9番 光雲山 宝蔵寺 〔尾崎観音〕 (No.2214)

ですから、もう新しいことを書くのはは難しいです。幸いにこの間に「新編武蔵風土記稿」のコピー(?)を入手しましたから、どう書かれているかを見つけましょう。
なお、上記リンクをクリックして眺めたあと、画面左上の←を押すと、こちらに戻りますので、寄り道しても大丈夫ですよ。

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このあたりは、「菅生村 小名 尾崎」です。「尾崎観音」の名前は地名からなのです。『寶蔵寺 尾崎にあり 禅宗曹洞派 同郡平井村寶光寺末 光雲山と号す 開山泰翁慶初 寛永元年三月二十五日示寂す 是は本山寶光寺の五世なり 本尊薬師木の坐像 長七寸許 客殿八間半に五間半 南向なり』続いて観音堂が書かれています。これが、長いのです。少し進んでから書きましょう。

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門前で迎えてくれるのは、お地蔵様と、庚申塔です。「新編武蔵風土記稿」には「庚申塔」のことは、殆ど書かれていないようです。というのも、「庚申待」という民間信仰が広まったのが江戸期、町民の民間信仰ですから、幕府系の風土記稿では無視しているのでしょう。 道路が入り込んでいて、どこから境内なのかよく分かりません。この石段辺りからが正式な境内なのでしょうか? ここに行くまでの左側には寺の専用駐車場が作られています。

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やっと鐘楼と観音堂が見易い位置まで来ました。風土記稿に戻ります。

観音堂 境内に入り正面にあり 四間四方の堂なり この堂往古は今の所より一町はかり西の方にありしか先年この寺の内にうつせりと されとその旧地は詳ならす 本尊如意輪観音 木の坐像 長一寸八分 秘仏なり タカヤサンの木をもてつくりし厨子に納めおけり 寺伝にこの観音は右大臣頼朝の三男薩摩守忠国の母丹後局の守本尊にて弘法大師の作なりと云伝へたれと詳ならす されと古くより此寺にありしことは御朱印にてしらる 按に島津系図に頼朝の三男豊後守忠久いとけなき時 母丹後局とともに忍ひて上方より関東に下り 惟宗民部大輔廣言に嫁す 此故に忠久もまた惟宗氏ちおかす建久七年八月一日忠久十八歳にて薩洲に下向すと云々 是によれはここに云薩摩守忠国といへるは則 忠久が事にや 系図には忠国といひしことは見へす かく母とともに しはしかほと関東にありしといえは寺伝に云ふ所もさらに拠なしとも云へからす かの丹後の局ゆかりにつきて ここにてきしなるへし 又前立として如意輪観音あり 木の坐像にて一尺許り 智證大師の作と云 此儀はもと松平越中守内室の看経仏なりと いつの頃の越中守か寺僧も知らす 観音の縁日三月廿二日 七月廿一日 大般若を転讀ありて近隣の里民群参すと云り 御朱印地五石あり 是は観音堂料なり 村内にて御寄附となれり』『鐘楼 観音堂に向て右の方にあり 安永五年に鋳たる鐘あり 文中に事実みへねは はふきしるさす』『大神宮 八幡 春日 稲荷 白山 以上五神合社にて境内にあり』

観音堂が1町ほど西にあったというと、現在「圏央道」が通っているあたりですね。タカヤサンというのは「鉄刀樹(たがやさん)」のことだそうです。それにしても、妙な所にこだわった記述ですねえ。頼朝の三男・・「惟宗忠久」というのは、島津家の初代・「島津忠久」その人なのですね。それが、「忠国」と伝えられているので、不信感をもったのかなあ?

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境内を説明しておきます。向かって左、石仏の奧に、あずまや・・休憩舎があります。木の卓と椅子がありますので、ここでお弁当です。右側、手水舎があるのですが、水が止まっている事があります。でも心配は不要。一つは、手水舎の奧の方に見えているトイレの所に水道があります。お参りする時の手や口をすすぐには、観音堂の前に、ちょっと変わった形式の設備があります。

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これがそれなのですが、左の方に水道の蛇口がありますね。右にあるこちらの手水舎にが、上に水が出てくる蛇口・・名前が浮かびません・・ほら、水飲み場の噴水?が付いています。ということで、水もトイレも休憩所も揃っています。安心して、お弁当が広げられるお寺なのです。だから、木瓜爺珍百山に入れるのです。

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これが、如意輪観音の観音堂。絵馬が沢山奉納されています。この絵馬などの売店は、すぐ右手にありますが、平日は閉まっているようでした。ただし、観音堂の裏手に、宝蔵寺の本堂があります。その脇に寺務所があるようです。

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こちらに、薬師如来がおられるのでしょう。観音堂の内部は、こんな具合です。厨子がみえます。横にも仏様が居られますね。あれが、前立の如意輪観音でしょうか?

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観音堂の周囲におられる変化観音も、話し相手になってくださいます。好みのスタイルの観音様を見つけて、じっくり愚痴を聞いていただくのも、ストレス解消になるでしょう。老人だってストレスはありますよ。・・・あばれる事だってあるのです。「認知症の馬鹿力」は凄いですよ・・だから、介護の方も苦労なさるのです。

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黒い観音様が、「ぼけ封じ観音」というスペシャリスト。木瓜爺の顧問観音様です。

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ここは、西国霊場・・弘法大師が居られます。まだまだありますが、先ほどリンクしたChoi-Boke爺ちゃんのブログの翌日が、「観音群像」になっています。

一通り、お参りして、「宝蔵寺と観音堂」の紹介を終わります。木瓜爺、休憩舎に入って、おむすびです。このあと、歩き出しますので、明日は、木瓜爺撮歩82-21 として扱います。

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2015/10/31: 木瓜爺 珍百山-16 ; 光雲山 宝蔵寺 〔尾崎観音〕 (No.2488) への1件のフィードバック

  1. tkutsu より:

    駄洒落が好き。

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