2015/11/16: 高麗の鄕;木瓜爺撮歩18-17 長寿山 松福院 福正寺 (No.2504)

この「松福院」は、住職さんがホームページを開いて居られますので、それを第一の拠としておきます。ただし、気に入らない部分もありまして、「古文書によると」とでも書けば紛らわしくならないのに、「古事記によると」と、書かれていることです。「古事記」と書かれると、まず頭に浮かぶのは、日本の歴史上、最初の歴史書(伝説)である、あの「古事記」ですからねえ・・・

m18-17-01 F8135松福院

「新編武蔵風土記稿」によると、この辺りは「平澤村」になっています。現住所は「日高市北平沢1023」です。

松福院 長寿山福正寺と号す 天台宗川越仙波中院門徒なり 慶安年中不動領二石五斗の御朱印を賜ふ 開山祐尊 文和二年四月寂す 本尊不動立像にて長一尺九寸 行基の作と云  薬師堂 稲荷白山合社』 この「中院門徒なり」という曖昧な表現、前に「**寺檀徒なり」というのに出逢いました。そのときのお寺は、住職が無住の時期で、管理をしているのが檀徒の方でした。ここも、似たような状態だったのではないでしょうか。つまり正式な住職でななくて、無資格の門徒が管理していた・・

住職さんのHPでは、開山のことが書かれていました。『本尊は不動明王を安置す。創立年代は、元和元年辰年1352年(626年前)と伝う。尚、祐尊を以て開祖とする。祐尊 寛永9年10月17日入滅(墓碑現存)。慶安2年幕府徳川家より不動堂領貮石5斗を賜る。大般若経6百巻を蔵す。別に境内仏堂に薬師如来を安置している。北西の山中にあった「上薬師」の仏であったと伝えられる。この薬師如来は、平安末期から鎌倉時代前半にかけての作とされている。体内には阿弥陀如来の仏頭がおさめられ、古文書もおさめられている。(平成12年修復)堂内には大きな絵馬がかけてあり当時の生活がうかがわれる。』

「祐尊」という開山者のなくなった年が違いますね。風土記稿は文和2(1353)年HPは寛永9(1623)年、違いすぎます。HPの創立年元和元(1615)年・・1352年はおかしい?西暦の変換間違いか・・文和元年の書き違いか?・・・

「風土記稿」を正しいとすると、「祐尊」は二人いたということに成りますね。そういうこともないではないけど、墓碑の読み違いでないとして・・墓碑が正しいとすると、創立が1600年代つまり、元和元年というHPが正しいということに成りそうです。HPの方に、西暦変換違いをおm18-17-02 F8136知らせしておきます。

それはそれとして、参道から見える墓地に、六地蔵様が見えました。後で近くに行きますが、まず一枚。

参道でまず迎えて下さったのもお地蔵様でした。m18-17-03 F8137

m18-17-04 F8138

 

その続きに、「不動明王」を先頭に、十三仏が並んで居られます。金属仏ですから、はっきりした目鼻立ち・・見事です。代表で「弥勒菩薩」に出演していただきます。m18-17-05 F8140

m18-17-06 F8144弥勒菩薩

石段を上がります。上がった左側に、地蔵堂があるようです。m18-17-08 F8150m18-17-07 F8149

 

 

 

 

 

六地蔵様でした。右後ろに石仏が並んで居ますが、省略。もう一つの地蔵堂は「子安地蔵様」のようです。続いて、薬師堂がありました。「平沢薬師」平沢は地名からでしょう。

m18-17-09 F8152

m18-17-10 F8153

最近、健康不安気味の木瓜爺、薬師様には、よくお願いしておきましょう。

やっと、本堂前の広場に来ました。本堂側から振りかえると・・・左にお社、そして鐘楼、石の大黑様と並んでいます。m18-17-11 F8162

本堂側は・・・あら、傾いてしまった・・・

m18-17-12 F8159

m18-17-13 F8161本堂の横に庫裡が続いているようです。

本尊「不動様」に、お参りしてから、お社のほうに・・m18-17-14 F8165

 

 

 

「三面出世大黑天」と書かれています。この「三面」は何を意味するのか?・・ははあ、比叡山に居られるのですね。インターネットで検索するというのは、便利ですねえ・・・豊臣秀吉の守護神だったので、「出世」が付いたのかな? 比叡山の大黑堂に祀られている「三面大黒天」は、「大黒天と毘沙門と弁財天が一体になった姿」をされているそうです。 この境内におかれた石の大黑様は、普通の大黑様でした。

m18-17-15 F8166この鐘楼は、屋根が素朴な形ですですね。おっと、もう一つ、お稲荷さんらしい社が隠m18-17-16 F8170れていました。m18-17-17 F8173

 

 

 

 

おっと、観音様を見落とす所でした。これも金属仏です。いやあ、堪能しました。そろそろ次に行かないと・・・

墓地の六地蔵様を拝んで行こう・・・

ここのお地蔵様は、冬の準備か、皆さん頭巾を着けて居られました。

m18-17-18 F8175

もうすぐ、冬ですからねえ・・・

広告
カテゴリー: 寺社, 散歩 パーマリンク

2015/11/16: 高麗の鄕;木瓜爺撮歩18-17 長寿山 松福院 福正寺 (No.2504) への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 2015/12/21: 越生(おごせ)散歩;木瓜爺撮歩88-29 大谷・神明社 (No.2540) | 木瓜爺ブログ

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中