2015/11/18: 高麗の鄕; 木瓜爺撮歩18-19 長守山 法泉院 瀧岸寺 (No.2506)

絵地図には「滝岸寺」と書かれているのですが、正しくは「瀧岸寺」と書くべきなのでしょう。「天台宗の寺院」リストでは、「瀧岸寺」の字を使っています。おかしな事に「新編武蔵風土記稿」では、サンズイがありません。「龍岸寺」なのです。

m18-19-01 F8196『龍岸寺 長守山法泉院と号す 同宗同末(天台宗川越仙波中院末 ということ) 開山鉄養 応永廿三年三月廿一日化す 本尊観音を安す 別に瀧不動と云を置く 昔は堂宇寺後の瀧の邊にありしと云 今は瀧も僅に存するのみなり』

m18-19-02 F8197滝岸寺

このお寺の本堂の本尊がよく分からないのです。「猫の足あと」さんでは「阿弥陀如m18-19-03 F8199来」とされているのですが、その他の資料に本尊が書かれているのが見つかりません。木瓜爺としては、新編武蔵風土記稿の「観音様」でおまいりしておくことにしました。というのは「猫」ちゃん、此の付近の寺社の記述がなにか不安なのです。

山門前に地蔵尊。山門はシンプルな構造です。中に入ると、左の方が駐車場的広場で、赤い幟が並んでいます。「南無瀧不動尊」と書かれています。m18-19-04 F8202

 

正面に近いお堂が、本堂のようです。

m18-19-05 F8203

横に布団など干されていて、あまり本堂らしく見えません。どうも、「不動尊」の方が、メインになったようです。

m18-19-07 F8206

その「不動堂」が、こちらです。両方を同時に写すと・・パノラマ画像です。

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両方拝んできたのですが、どうも物足りない。

m18-19-09 F8209

そうか、全部磨りガラスなので、仏壇が見えない所為ですね。

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こんな派手な幟があるのだから、何か拝みやすいものがある筈です。不動堂の横に塔がありますが、開基者の墓でしょうか?m18-19-10 F8210

 

 

 

不動堂の横で、考えているとき、足元に水が流れている事に気付きました。

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道も付いています。あ、そうか、瀧があるのだ、きっとそこに「不動様」が居られるだろう。坂を下って、水の流れをさかのぼります。50m程奧です。

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ありました、ありました。まぎれもなく、「不動明王」です。

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m18-19-15 F8225改めて、「南無不動明王」・・・

しばらく、佇んで、不動様と立ち話・・・「観音様に逢ったかい?」「いいえまだです。」「不動堂のななめ後ろに居られるよ」教えていただいて、「正観音」にお会いできました。

m18-19-11 F8213

 

 

 

 

 

 

久しぶりに「瀧」も見られたし・・・次は、「高麗家住宅」です。この「高麗家住宅」は、代々「高麗神社」の宮司をしておられる「高麗氏」の住宅。「高麗王の子孫」と云われています。明日は、ちょっと歴史に深入りして、木瓜爺の疑問に付き合って下さい。

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