2015/12/01: 高麗の鄕;木瓜爺撮歩18-31 (楡木)曲橋地蔵堂、(高岡)岩本山 如意輪堂と八坂神社(跡?) (No.2519)

11/16のことでした。高麗の鄕の仕上げをするには、栗坪村の諏訪神社などをまわらないといけないと気付き、西武秩父線の「高麗」駅から行く方が近いな・・と、考えて出発したのですが、ボーッとしていて、八高線「東飯能」での乗換を忘れてしまったのでm18-31-01 F0963す。ホントに呆け爺さんになってきました。仕方がありません。「高麗川駅」で下車し、日高陸橋の上に上がって、西に向かいました。一生懸命歩きます。と言うところから始まります。ここに来る途中に、「日高法霊殿」という葬祭場がありましたが、特別な仏様が置かれて居る場所ではないようなのでう。、省略です。「日高陸橋」の上から、見える景色。

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歩道があるので、進んで行きましたら、これがプッツン。横断歩道もないのです。「歩かせるつもりがないなら、歩道なんか付けないで、自動車専用道路と書いておけ!」と、ぶーたれる呆け爺であります。仕方がないので、車の来ないときをみはからって、左方に横断。「ぶーたれる」なんて言葉わかるかなあ? 「ぶうぶう不満をいう」という意味なのですが、何語かなあ? 東京郊外語かな?

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猿田村を通過している時、バスが追い抜いて行きました、高麗川駅から巾着田の方に行くバスです。これに乗ってくれば良かったのだ・・といっても、待つわけですから、時間的には同じかあ・・m18-31-04 F0982

 

 

覚えて居られますか? 「楡木・東光寺」が見えて居ます。前回はここで右に入ったのですが、今回はもう少し先まで直進します。あれまあ、歩道に鶏頭が咲いてる・・m18-31-05 F0988

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「楡木」のバス停です。この少し先で、反対側の歩道の脇に「地蔵堂」を見つけました。

m18-31-07 F0991楡木の地蔵堂

m18-31-08 F0994「開運 曲橋地蔵尊堂」とかかれています。新しいお堂なのか、ネット上では情報なしです。「新編武蔵風土記稿」の楡木村に「曲橋」という小名がないかと探しましたが、それもありません。ただ、「楡木」のバス停というのが、楡木の西端なので、「栗坪」に入っているかもしれません。栗坪村に何かないか? ・・駄目でした。ご覧のように、すっぽり赤エプロンなので、何も手がかりナシです。m18-31-09 F0995

 

 

 

「栗坪」の交差点にやってきました。ここから右に入ります。「勝音寺」というお寺と、「高岡・如意輪堂」を拝む為です。曲がると・・・「勝音寺」の名前が出て来ました。この道で間違m18-31-10 F0996いないようです。 暫く進むと、道が二叉に分かれる筈ですが・・・今日も地図を睨みながら歩いています。m18-31-11 F0997

 

 

 

 

「ここを左に入れ」が出て来ました。曲がってしばらくは何も無いので、少々不安になりましたが、田圃の向こうに、寺が見えました。ここを、一旦とおりすぎて行きます。

m18-31-12 F1002「如意輪堂」というのは、「聖天院」の西にあるのです。「聖天院」の前の道を西に進むと寄れたのでした。ただ、道がカーブしているので、見通せるわけではありません。

m18-31-13 F1024まず、橋を渡ります。「高岡橋」です。つまり、ここは「高岡村」の入口のようです。橋を渡ったところで、道は左右に分かれましたが、右からまわることにしました。すぐに、聖天院から来る道に入ります。そこで左方を見ると・・「お堂」が見えますね。

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お堂の横まで来ました。後ろに神社らしき物があります。他の方のブログによると、「如意輪堂」の裏に「八坂神社」があるとかかれて居ましたが、現在は「もぬけの殻」です。神社としての神棚もありませんので「廃社」なのでしょう。もっとも、素戔嗚尊は祭りの日だけ現れるということも多いので、断定出来ませんが・・

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並んだ石仏様方。向かって右端は「地蔵」、次は印からみて「大日如来」でしょう。真ん中は「地蔵」、その次は何だろ?お地蔵様か観音様か、写真では頭の部分がよく分かりません。触って見るのだった・・・最後は「地蔵尊」ですね。

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「如意輪堂」の正面にまわりました、「新編武蔵風土記稿」の「高岡村」には記述が見あたりません。立て札に「岩本山 如意輪堂」と有りましたので、「岩本山」というお寺がどこかに出て来ないか? 「猫」ちゃんは、寺名と住所 「日高市高岡212」だけですね。他の方のブログを探します。「高麗板東三十三観音」をまわられている方を見つけましたが「本尊 如意輪観音 札所 高麗板東三十三観音霊場第31番」までしか書かれていません。朱印は「岡野」宅となっていたが、貰えなかったとのこと。「岩本山**寺」自体はもう消えて、札所の「観音堂」だけが、信者に守られているのかも知れません。

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お堂の中を拝見すると、「保存会」という提灯がありました。札所の保存会が面倒見ておられるということか? 厨子は閉まっています。写真が置かれて居ますが、詳細はわかりません。「如意輪観音」様であることは間違いないので、拝んで、勝音寺に引き返します。

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