2015/12/07: 武蔵嵐山散歩:木瓜爺撮歩88-17 法蓮山 光照寺 (No.2526)

12/1のことですが、この日は一日快晴だというので、歩く事にしました。さて、どこに行こうか・・紅葉のシーズンはまだ続いていますので、高尾か御嶽か、はたまた国分寺の殿ヶ谷戸か立川の昭和公園にするか・・・迷っている内に、ひょいと思い出した事があります。「都幾川散歩」の撮歩シリーズで、越境して「嵐山町」の「鎌形八幡神社」に行った事です。あのとき「宗信寺」という寺によりましたが、あの寺の前の道(173号線)を1km程北に進むと「嵐山渓谷」があるのです。

ほんまもんの「嵐山」は、京都郊外の紅葉の名所です。それにあやかろうと、各地に「嵐山」と名付けた紅葉の名所があります。しかし、正直言って碌な所じゃない・・名前を付けた人は、ほんまの「嵐山」に行った事がないのじゃないか・・・「なんとかの小京都」と同じで、なんでこんなネーミングをするのだ!と、腹立たしくなることが多い名前です。この「嵐山渓谷」は、東武池袋線の「武蔵嵐山」駅が最寄り駅になります。戦前、昭和10年~15年頃にかけて、与謝野晶子(正しくは、晶子が訪れたのは昭和14年でした)などの歌人・文士等に愛された場所だったそうです。最盛期は昭和11年で、駅から人の列が続いたという伝説(?)が有るほどです。その頃は「松月荘」という料亭があったのですが、戦後は閉店され、「一平荘」という店になったとのこと。 戦後のカメラ雑誌にどう書かれていたかは、明日にしますが「さびれていった観光地、おもしろい、行って見よう。」と、おみこしを上げたのです。

羽村からですと、拝島に出て「八高線」利用で「小川町」にでます。「小川町」が池袋m88-17-01 武蔵嵐山F1347線の終点になっていますので、池袋線上りで一駅、「武蔵嵐山」駅につきます。

渓谷まで歩いて行くと、40分位でしょうが、体力セーブには、一時間に一本?のバスを使う方法があります。此のバスが、ときがわ町のバスセンターから往復している小さな車両の「イーグル バス」なのです。多分電車に接続させてくれて居るだろう・・・

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高崎行きの本数が少ないので、川越まで行き、池袋線に乗る方が早いかも知れないなと思っていたのに、「高麗川駅」ひょいと見ると「高崎行」が止まっていたので、予定を変更して、そちらに乗り移りました。ところが、運転手が乗っていません・・・なんと四十分後の発車だったのです。馬鹿見たい! 大失敗で、武蔵嵐山に着いたのは11時をまわっていました。川越経由だと、一電車はやく、10:34についたかも知れません。

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バス停で時刻を調べようと改札をでたのですが・・バス停はどこだ?

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あんな所に居た! とんで行くと、丁度発車時刻。もう少しぼんやりしていたら、これまで逃す所でした。此のバス止まっていたことは、駅のホームに居るときから知っていたのですが、たまたまそれから降りた人の何人かが、バスの周辺を掃除していたので、作業用の人を運んできた車だと思い込んでしまったのです。

「番号札」をとって、乗り込みました。スイカの使えないバスは久しぶりです。駅でm88-17-05 F1353貰ったチラシによると、渓谷に行く人は「休養地入口」というバス停なのですが、木瓜爺は一つ手前の「千手堂」というバス停で降りることにしました。持って行った自作寺社地図(?)だとバス停のそばに卍が書き込まれています。「千手堂」というからには「千手観音」のお堂が有るのだろう・・・これ、錯覚だったのですが・・

「千手堂」到着。料金220円。

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見回すと、「光照寺」がありました。日蓮宗のお寺のようです。

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なかなか良い感じ。このお寺、「新編武蔵風土記稿」にも書かれています。

『光照寺 日蓮宗下総國葛飾郡眞間弘法寺末 法蓮山と號す 本尊三寶を安す』

m88-17-08 F1356仏教では「仏 法 僧」を三宝と呼ぶのですが、日蓮宗の「本尊三宝」がどんな形になっていたか記憶がありません。

見えているのが本堂らしいのですが、左の方にもお堂があります。あれが観音堂かな? などと、まだ思っておりました。実は、太平山という小山の麓の方に「千手院」という別のお寺があり、そこに「千手堂」があったので、このあたりの地名が「千手堂村」になっていたのです。とんだ錯覚です。

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このお堂にかかった額が詠めないのです。「殿」は分かりますが・・・・

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m88-17-12 F1360本堂の方は、現代風建物です。こちらは「法蓮山」です。お堂の中がガラス越しに見えました。「三宝」がどういう事になっているのか? どうやら「僧」は「日蓮」さんの木像のようです。

左手にはお位牌が並んでいます。檀家の方々でしょうか?

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合掌して、お題目を唱えて、失礼します。元の道に戻って南に進むと、道しるべがありm88-17-14 F1366ました。 江戸時代の「高札場」跡だそうです。『高札場 村の中部にあり』と、風土記稿に書かれています。『千手堂村は江戸より行程拾六里 鄕名前村に同じ 領は松山に属せり 村名は千手観音の堂ありしことより起りしと云 この堂 今は一院となれり 民戸四十余 (以下略)』

道しるべのほうは、新しいもので大正8年だそうです。

後ろに立つ、馬頭観音、お地蔵様、板石塔婆。

 

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お地蔵様はもう冬支度です。襷までかけて、駅伝の練習中?

この先に、辻があったのですが、そこの標識がなんともはや、木瓜爺を混乱させます。

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嵐山渓谷に行く人は左、武蔵嵐山渓谷に行く人は右。どちらに行けばいいの? ここで、ちょっと左の板を見てください。「トラスト保全第三号地」・・何の事か分かりませんでしたが、あとで判明します。暫く迷っていたのですが、地図を見ると、どちらからでも行けるらしいので、右に進む事にしました。というのは、先ほどちょっと書いた、千手観音のおられる「千手院」と「春日神社」がそちらの方向にあるらしいのです。ただ、地図では入口がよく分からないので、標識があるか確かめて見たかったのです。

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しかし、ちょっと歩いたところでまたまた、へんな標識。「嵐山渓谷」は90度違う方向を指しています。真っ直ぐ行く道は山に入りそうです。未練がましく、あちこちうろついたのですが、結局分からず、「分かる所まで戻れ!」の適用になってしまいました。渓谷からの帰り道、此の地点に出て来ましたから、真っ直ぐ行けば渓谷に至ることは確かでした。ただそれだと、「嵐山」のネーミングそのものに疑問が残ってしまったでしょう。振り出しに戻ったのは正解でした。

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