2015/12/11:武蔵嵐山散歩;木瓜爺撮歩88-20 菅谷神社 (No.2530)

若いお母さんに教わった道を進んできた木瓜爺、足を止めました。

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「菅谷神社」と書かれています。木瓜爺、いつの間にか「千手堂村」を出て「菅谷村」に入っていたようです。「新編武蔵風土記稿」の「菅谷村」には、「古城蹟」のことが記されています。この古城跡は、現在の地図に「菅谷城跡」と書かれ公園化されているようです。位置的には、今居る場所から南に450m程の所なので、ひょっとすると173号線の東側は、菅谷村の範囲に入っていたのかもしれません。

この神社、「新編武蔵風土記稿」にはこの名では有りませんが、「山王社」と書かれている神社かもしれません。『山王社 村の鎮守なり 村持 下同じ 稲荷社 天神社』つまり、村人達で祭っている「山王」「稲荷」「天神」の三社があって、その中で「山王」が鎮守になっているという事です。

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お参りして行きます。かなり長い参道です。

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「嵐山町WEB博物誌」というサイトに、この神社がまとめられていました。それをダイジェストしておきましょう。『菅谷(すがや)神社  菅谷村大字菅谷  村社 祭神:大山咋命 菅原道真 保食命    由緒:勧請は年紀不詳、元は山王宮であったが、維新のとき「日枝神社」に改稱。明治40年に天神社と稲荷神社を合祀し、「日枝神社」を「菅谷神社」とした。 現在の社殿は、大正10年竣工  境内 昭和25年1月25日現在 2324坪0合5勺(しゃく) 氏子 66戸」 境内社についても記述されていますので、その都度引用します。

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本社殿の向かって左に、境内社がありました。これが、ちょっと変わっていました。

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「天手長男神社」と書かれているのです。先ほどのWEBには、この名前がありません。木瓜爺どこかでこの名前に記憶があるのですが・・・天手長男神社(あめのたながおじんじゃ)・・・壱岐にありましたね。でも寄らなかった・・とするとどこだろう?もしかすると、此の近くの神社かもしれません。後で探します。

先ほどのWEBの別の頁にこんな談話が記録されていました。『菅谷神社境内、本殿の東前に一坪程の建物があり内に、小さな社(やしろ)が祀(まつ)られている。
菅谷の人は御手長様(おてながさま)と呼び、古来より火伏せの神、火防(かぼう)の守り神として祀られてあったと聞いているが、「菅谷神社由緒」の中に、当社に関する記載は見られない。』 とりあえず、これで十分ですね。 「新編武蔵風土記稿」には、「東昌寺」というお寺が書かれていますが、どうも此の寺の「防火担当神社(?)」だったようです。

本社殿にお参りしてと、歩き出して、狛犬に呼び止められました。はいはい、写しますよ・・

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そして、神殿に拝礼。「どうか、駅までの道が分かりますように」。願ったとたん、「あのー」、後ろから声をかけて下さったのが、公園で道を尋ねた、お子様連れの若いお母さんです。木瓜爺の後ろ姿を目で追っていたら、左折どころか右折してしまったので、驚いて追っかけてきて下さったようです。「いやいや、申し訳けありません。ちょっと神社にお参りしたくなりまして・・・」。せっかくのご厚意なので、もう一度、道を教わりました。木瓜爺の頭の中では「菅谷神社」を基点として、駅に行く道の組み立てが出来て居ましたので、今度は説明もよく分かりました。

「ご親切に、ありがとうございました。」お礼を申しあげて、他の境内社に回ります。

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これが、WEBに書かれた境内社の一つ、「厳島神社」だと思ったのですが・・油揚げが供えて有ります。変だなあ? お稲荷さんの化けてしまったの? 参詣した人々が、赤い社だからお稲荷さんとしてしまったのだろうか?・・・WEBの方の「厳島神社」は、こう書かれています。『巖島神社(いつくしまじんじゃ) 祭神 市杵島姫大神 社殿 石祠』・・・まてよ、もしかすると・・・あの公園にあった辨天様が、この「厳島神社」かも知れません。そうなると、ここは「稲荷社」かあ・・・多分、そう言うことなのでしょう。

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m88-20-15 F9025もう一つの神社へ。ああ良かった。「津島神社」です。WEBには、『津島神社(つしまじんじゃ) 祭神 素盞嗚命由緒 明治四十年(1907)五月九日同大字字西側無格社八雲神社(やくもじんじゃ)ヲ境内神社トシテ移轉ノ上、社号ヲ津島神社ト改称ス』 これで、収まりました。

一応すっきりしましたので、駅に向かいます。神社から十数m先に、道標を見つけました。左折して後は一直線です。途中に教会もありました。

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m88-20-17 F9030教会といえば、もうすぐクリスマスですねえ・・・木瓜爺も81才になってしまうのか・・帰りは、小川町行きに乗ったのですが、終点まで1駅ですから、もう空っぽ電車でした。小川町での八高線待ちは結構長かったです。逆方向で、川越に出る方が良いのか、次の機会にはよく研究してきます。

この武蔵嵐山町の寺社は、見つけるのが手強そうですが、今回の迷子で、ある程度、カンを養いました。とにかく、寺社用の道しるべはない町、と覚悟をして歩くことが必要なようです。

明日からは、となりの「ときがわ町」から「越生」へのウォーキングです。これまた、途中で迷子になります。

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