2015/12/21: 越生(おごせ)散歩;木瓜爺撮歩88-29 大谷・神明社 (No.2540)

今日のブログ、書きながら不思議でならないのです。頭が(カンが?)ちゃんと働いていた部分と、まるで狂ってしまった部分が交互に現れるのです。マダラボケの症状の一つなのかもしれません。これを克服できないと、撮歩も続けられなくなるでしょうから、どうやら木瓜爺には「試練の時期」がやってきたようです。なぜ、この日にそれが顕著にでたかというと、おそらく、初めての場所・初めての道、という不安の所為でしょう。一応の地図は持っていても、初めての場所というのは情報が少ないわけですから、脳が冷静で敏速に反応してくれないと誤判断してしまうようです。

越生を何と読むか、忘れていたという投稿がありまして、今日はタイトルに(おごせ)と追加しました。地名はふりがなをする習慣を持って、撮歩ブログを書かないといけないようですね。ただ、ふりがな文字が表示出来るとは限らないので、()で入れておきます。

「圓泉寺」から元の山越えの道に戻りました。手持ちの地図では、「大谷」という字の地域に入ったようです。これは、風土記稿時代の「大谷村(おおやむら)」でしょう。

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サイクリングの人が二人、追い抜いて行きました。大谷の「玉章寺」・・「新編武蔵風土記稿」では、大谷村で「玉正寺」と書かれています・・が一番近いお寺なのですが、手持ちの地図では、どの方向から入るのか、道路がよく分かりません。縮尺の関係で、細かい道が見えないのです。カンを働かせてアプローチするしかありません。

坂を下りきった所に、左方向ややバック気味に入る道と直進する道の選択になりました。地図上では、直進して次の十字路で左折する方が分かりやすいように見えます。ただかなり大回りの感じです。左にはいる道は、山裾を回っているようです。

ここは左! ・・・この選択はよいカンだったのです。しばらくは後戻りをしている感じでしたが、灌漑用の池にぶつかって、右にm88-29-02 F8919ターン。山裾を進んで行きます。m88-29-03 F8920

 

「墓地」らしきものも見えて、寺は近そうでした。ところが、人家がなかなか近づいてきません。そのうち、T字路があって左から車が通過・・・あれ? ここで曲がるのかな? ・・・これが失敗。

そのまま、どこまでも直進していれば、山にぶつかるところに、寺はみえないかもしれないけれど「玉章寺」への石段があったらしいのです。最短コースを選択していながら、最後に放棄してしまった馬鹿者になりました。あの車が来なければ、成功していたかもしれません。

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今、グーグルの地図でトレースしてみると、目的地まで100mの所で、それてしまった木瓜爺。人家はあるけれど、寺社は無い道をてこてこ歩く事になってしまいました。大失敗です。「玉章寺」の並びには「住吉神社」もあったようです。惜しいことをしました。いずれ、リベンジに行きたいです。

m88-29-05 F8923神明社そして、たどり着いたのが、大谷村の「神明社」です。「新編武蔵風土記稿」には、ありません。書かれているのは、寄れなかった「住吉社」、「聖天社(堀ノ内組の鎮守)」「稲荷社(芝ノ木組の鎮守)」「天神社(小フノ組の鎮守)」「浅間社」など。此の大谷村地域は「組」という小単位で括られていたようです。

この「神明社」のことは、「猫の足あと」にも収録されていません。地図に出てくるだけで、情報皆無の状態です。なお、現在の大谷には、もう一つ「六地蔵峠」という所に「摩多利神社」というのがあります。これも寄りたいと思っていた神社なのですが、寄り損ねました。「摩多利」というのは、「三面大黑」と云われる神と同じらしいのです。「三面大黑」は「高麗の鄕」にありましたね。

16- 高麗の鄕;木瓜爺撮歩18-17 長寿山 松福院 福正寺 (No.2504)

m88-29-06 F8924大谷神明社ただ、形が同じかどうかは分かりません。別の神社の三面大黑の絵を見ますと、恐ろしい三面の憤怒像が描かれていました。

石段を上がります。見えたものは・・廃屋?

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いや、小さな社が並べてあります。真ん中は、神明社でしょうが、そのほかに、プラスされて居るようです。一村一社の時代に、「新編武蔵風土記稿」に書かれた神社などが、全部集められたのかも知れません。神明社からほんの少し南西に歩いた所で、見たような風景・・・

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此の写真の奧、山を越えて、あそこに出てきたのです。それで、写真で云えば右の方に曲がったのでした。つまり、四角形の三辺を歩いて来たのです。どっと疲れが出て来ました。ここは、歩き直しだなあ・・・今日はもう帰ろう・・・

m88-29-10 F8931この付近は、30号路が、二つ出来て居ましてややこしい。越生市役所の方を通る道と、「山吹の里歴史公園」に行くバイパス路の二つですが、あの上の道がバイパス路らしい。ガードをくぐって、旧道にでます。

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「おっぺかわ」? そんな川あったっけ?「越辺川」と書いて「おっぺかわ」これは読めませんねえ・・・m88-29-12 F8939

 

「黒山三滝」への分岐点を通過しています。

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「五大尊つつじ公園」・・・こちらの「五大尊」は「行基」が関係していた筈だけど・・ ちょっと越生の観光案内を調べます。『五大尊は岩渓山長徳寺といい、鎌倉時代に彫られた五体の明王像(大日如来の化身、不動・降三世・軍茶利・大威徳・金剛夜叉)を祀る。この像は県指定文化財となり、埼玉県立博物館に展示されている。ここ、五大尊は安芸・厳島、相模・蓑毛とともに日本三大霊地となっている。5月3日のつつじ祭りには、禊をした少年が石段をかけ登り厨子の扉を開ける儀式、御戸扉(みとちょう)が行われる。本来、3月27・28日に行われていたが、養蚕農家の人達から信仰されていた蚕の神様・吁枳尼尊天(イナフクミ)の祭りと一緒に行われるようになった。享保年間(1716~1736)に僧達が植え始めたツツジは種類の多さから5色ツツジといわれ、隣接するつつじ園の12種類約1万本とあわせて関東一といわれている。 越生駅より徒歩15分』「行基」はでてきませんね? そんなはずはないのだけど・・・ここは、「黒岩村」と呼ばれた所ですね。「長徳寺」は「新編武蔵風土記稿」にも書かれています。ありましたありました・・『五大尊堂 五大尊 中央は坐像にて長五尺 左右の四像は立像にて長各二尺二寸 行基の作なりと云』・・・いずれお邪魔しましょう。

明日は、越生駅前の「法恩寺」を紹介して、「迷走してしまった撮歩の巻」を締めくくりましょう。来年、梅が咲く頃までに、越生はもう一度歩きたいです。

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2015/12/21: 越生(おごせ)散歩;木瓜爺撮歩88-29 大谷・神明社 (No.2540) への1件のフィードバック

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