2015/12/23: 江戸の古社;木瓜爺撮歩77-06 (文京区)白山神社と付社(1) (No.2542)

まず、「東京十社」というものを説明しなければならないようです。都が京都から東京に移転される時のことですが、明治政府が、明治元年(1868)11月8日、東京近郊12の神社を明治天皇陛下のいらっしゃる皇城(今の皇居)を守護する「准勅祭社(じゅんちょくさいしゃ)」に定めました。これを「准勅祭社12社」と呼びます。日枝神社、根津神社、芝大神宮、神田神社、白山神社、亀戸天神社、品川神社、富岡八幡宮、王子神社、赤坂氷川神社、大国魂神社、鷲宮神社です。後に、これらの神社は「府社」とか「郷社」とかにランク付けされます。いわば「江戸時代の一流神社」だったわけです。

そして、昭和50年(1975)、昭和天皇陛下の御即位50年を奉祝して、国家の隆昌と家運の繁栄を祈るため、「准勅祭社12社」の内から、東京都内10社を巡る「東京十社巡り」が企画されました。ちょっと遠い「府中の大国魂神社」「鷺宮の鷺宮神社」を外したのです。いろいろな解説を見ると、実にいい加減で、いきなり昭和天皇50年に決めていたり、明治天皇が東京十社を決めてしまったり、デタラメな記事がありますので、流れを説明しました。木瓜爺が「江戸の古社」としてブログに書いた「芝大神宮」「神田神社」「亀戸天神」などは含まれていますね。で、この「東京十社」を一通り回ってみたいな、と考えております。今回は「白山神社」と「根津神社」を歩きました。途中で寄った寺社については、別の撮歩番号で収録して行きます。

なお、「白山神社」と「根津神社」の境内地には、神社が沢山あります。「末社」というべきか、「独立した神社」と考えるべきか分からないのも有りますので、とりあえず「付社」というへんな括りで収容しておく予定です。

歩いたのは2015/12/9のことです。予定では、地下鉄の「都営三田線」で「白山」という駅に出るつもりだったのですが、またチョイ呆けが発生してしまい、「メトロの南北線、本駒込」に行ってしまったのです。乗り変える駅を間違えたのです。本来は、JRの「水道橋」で「三田線」に乗るのですが、中央特快は「水道橋」には止まらないので、「四ッ谷」で総武線に乗り換えます。寸前までそのつもりだったのに、「四ッ谷」駅で、改札口を出てしまったのです。目の前に「南北線は→」の標識を見て、頭の中で、三田線が南北線に化けてしまったのでしょう。しまった! と、直ぐに気が付きましたが、まあいいや、「本駒込」から「白山」まで歩こう・・・「本駒込」には「駒込吉祥寺」の撮歩で、馴染みがあります。

m77-06-01 F9107本駒込

 

「本駒込駅」にあった地図ですが、赤い四角と↓の付いているところが「本駒込」もう一本の青い線が「三田線」で丸い3相コンセントみたいな物が書かれているところが「白山駅」なのです。五分かかるかかからないかでしょう。呆けているけど、すぐ考えつくところは、まだ100%ボケではないところです。しかし、効率は悪いですねえ・・

「本駒込」から「白山」に行こうと歩き出した木瓜爺、妙な物を見つけました。

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これ「雪」に見えるのですけど? 記憶では12/7に宇都宮で雪がぱらついたというのはありましたが、「文京区に降雪」などというニュースを見た覚えはないのですが? かき氷をぶちまけたにしては量が多いし? 今年は、暖冬でスキー場にも雪がないと云っていましたね。なになのでしょうねえ?東京って不思議の国です。m77-06-03 F9111

「本郷通り」というのは、東大に行く道ですね、根津神社に行くときは、途中まで、これを歩くのだな・・白山通りの方に移らないといけない。「白山上」という標識がありました。m77-06-04 F9113

 

 

「白山神社」は、「白山上」と「白山下」の二つの交差点の中程を東に入った所にあります。入り口の少し手前に「妙清寺」という曹洞宗のお寺がありました。是は、撮歩何番にするかな? 後で写真だけ写してm77-06-05 F9126帰ります。 入口の標識発見。ここを入ります。「白山神社」の簡単な説明は・・・

『白山神社 (御祭神 菊理比咩命)
〒112-0001東京都文京区白山5-31-26 TEL:03-3811-6568 東京メトロ三田線「白山駅」より徒歩2分、南北線「本駒込駅」より徒歩7分』     なるほど・・・もう少し詳しいのはないかな? 『創開は古く、天暦年間(947~957)に加賀一宮白山神社を現在の本郷一丁目の地に勧請したと伝えられる。 後に元和年間(1615~1624)に二代将軍秀忠の命で、巣鴨原(現在の小石川植物園内)に移ったが、その後五代将軍職につく前の館林候綱吉の屋敷の造営のため、明暦元年(1655)現在地に再度移った。この縁で綱吉と生母桂昌院の厚い帰依を受けた。』

木瓜爺が凝っている(?)「新編武蔵風土記稿」が出て来ないのを不思議に思われるかも知れませんが、一応探してはいるのです。「総図」という大まかな地図では「小石川村」の横に「白山社」の文字が見えるのですが、「小石川村」には「記事」がないのです。あるいは、「巣鴨原」を探さないといけないのかもしれません・・・

m77-06-06 F9127白山神社

「白山神社」の鳥居のところに来ました。 鳥居をくぐってすぐ右に「お稲荷さん」がありますが、後回しにして、まず本殿にお参りすることにします。この門面白いですね、蔓草の上に「三つ巴」みたいな物が乗っています。「鹿島神社」の紋章が「三つ巴」なのですが・・・

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浮き彫りで「由来」が書かれていますが、写真では読みにくいですね。祭神は三柱書かれています。『菊理姫命、伊弉諾尊、伊弉冉尊』のようです。「白山神社」としては、正常でしょう。『創建:天暦二年(948)加賀國一宮白山比咩神社(しらやまひめ)を武蔵国豊島郡本郷元町現在の本郷一丁目に勧請したのが始まりと伝えられる。元和二年(1616)二代将軍秀忠の命で、巣鴨原(現在の小石川植物園内)に遷座した。明暦元年(1655)将軍職につく前の館林候綱吉の屋敷の造営のため現在地に再度遷座した。この縁により、五代将軍綱吉と生母桂昌院の厚い信仰を受け、小石川の鎮守となった。』『摂社・末社:関東松尾神社・稲荷神社・浅間神社等  社格等:旧郷社』 といったところでしょうか・・・ホームページは作られていないので、断片情報をつなぎ合わせています。読みにくい由来書には「享保三年に火災」にあったことなども書かれています。もう一枚「ごりやく」の説明がありました。うーん、「歯」の御利益は、修験者の療法だったか・・これは知りませんでした。

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狛犬が「金目」なのです。 それと「獅子」じゃなく、「狛犬」なのです。角があるでしょう。瘤みたいに見えますが・・・いいなあ!

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お参りします。二礼二拍一礼。普通の形で良さそうです。

m77-06-09 F9139白山神社

さて、境内の神社を回りますが、入口にあった稲荷様はというと・・・

m77-06-14 F9131稲荷神社

「正一位稲荷」となっていますから、伏見系でしょう。こちらのお宅の守護なのかも知れませんし、末社なのかもしれない、微妙な位置にあります。

m77-06-15 F9164松尾神社

社殿の横に造られているのが、「松尾神社」。いわずとしれた「お酒」の神様です。正確には『まつのお』と読むのだそうです。祭神は「大山咋尊(おおやまくいのみこと)」と「中津島姫命(なかつしまひめのみこと)」。元々は王城の守護神だったそうですが、中世以降は「酒の神」になりました。醸造をする方々の守護神です。奉納された蔵元を眺めて見ましょうか。

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江戸ものは、あまりなさそうですね。明日は「八幡神社」から「浅間神社」までをまとめましょう。

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2015/12/23: 江戸の古社;木瓜爺撮歩77-06 (文京区)白山神社と付社(1) (No.2542) への1件のフィードバック

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