2015/12/29: 江戸の古社;木瓜爺撮歩77-08 富岡八幡宮〔3〕 七渡辨天 (No.2548)

「横綱碑」を楽しんだ後、また境内社参拝なのですが・・「花本社」と書かれていまm77-08-39 F1644す。祭神が「松尾芭蕉」だというのですが・・・見えている建物は、お稲荷さんみたいだけどな? 「花本神社」というのは、寛政年間(1789~1800年)に俳人有志により建立された神社で、天保14年(1843年)、芭蕉百五十回忌に田川鳳郎が二条家に請願し、芭蕉に「花本大明神」の号が贈られたのだそうです。とはいうものの、「祖霊社」と同居しているとか・・・

m77-08-40 F1645稲荷

m77-08-44 F1657

 

やはり、これは「永昌五社稲荷神社」でした。へんな名前ですが、「五社」というのは、合祀されているということのようです。こう説明されています。『御祭神 倉稲魂命   例祭日 4月9日 五穀豊饒・商売繁盛の神様として、特に地元の肥料商関係者から絶大な信仰を集めています。近隣の稲荷社五社が合祀された神社です。』

この稲荷の参道脇に、狛犬がごろごろしているのです。ただ、日影にあるので、うまく撮せませんでした。いくつか並べます。左は岩乗りですが、子獅子は確認出来ませんでした。右のは頭部だけ撮したのですが、頭に角のある「高麗犬」型でした。

m77-08-42 F1646

m77-08-43 F1655

稲荷神社の横が、「祖霊社・花本社」。「花本」という名前は、西行の和歌からだという説があるようです。「願はくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月のころ」でしたか? 此の歌ちょっと理解出来ない歌でして、「花の下」というのは「桜の花」だと思うのですが、「きさらぎ」って二月でしょ? 旧暦の二月として、「望月」=「満月」つまり15日、新暦ではおおむね三月の半ばかなあ? 本当に桜が咲くのでしょうか? そうか・・ソメイヨシノで考えてはいけないのですね、彼岸桜のはなしだなあ・・・脱線終了

m77-08-45 F1660

m77-08-46 F1659

これらは、まだ現役の狛犬のようです。この一劃で写したものですが、どれがどこに有ったか忘れてしまいました。

m77-08-47 F1666野見宿禰で、末社のほうですが、「天満天神社」「聖徳太子社」「住吉社」「野見宿禰社」「車析社・客神社」と、同じような建物が並んで建っています。「野見宿禰社」を代表で入れておきます。これは、「始祖」相撲取りですね。

「車析社」というのは、「御祭神  清原頼業命   例祭日  5月14日 平安後期の儒学者・清原頼業命を祀る。後嵯峨天皇の牛車が門の前で動かなくなった故事に基づいて車折大明神と称されています。」なのだそうです。「客神社」も分からないなあ・・「御祭神  宇受売命  例祭日  5月15日 車析神社に合祀されています。芸能の神である宇受売命をお祀りしています。」「富岡八幡宮」のHPに「境内案内」という頁がありますので、そこから写して書いています。

これで、末社的な所は終わりましたが、もう一つ、「七渡辨天」があります。表門?かm77-08-52 F1683ら入りましょう。「七渡(ななわたり)神社」というのが正式名称のようです。

「御祭神   市木嶋姫命   例祭日  6月17日  七渡弁天と親しまれる八幡様の地主神。6月17日の例察には遠方からも参拝者が訪れます。」・・・つまり、もともとの、地主は「弁財天」だったのです。そこを「八幡様」が乗っ取った。明治になって「弁財天」が「市木嶋姫命」と改名?された、ということのようです。「粟島神社」というのも合祀されていると書かれていますね。そちらの祭神は「少彦名命」です。此の神社で、面白いものを見つけました。横に「針塚」と書かれた杭があるのですが、何とも奇妙な石碑です。

m77-08-52B F1681

m77-08-51 F1678

 

 

 

 

 

「針塚」に、何故「三猿」スタイルの像が刻まれているのか? 詳しく理由が知りたいですね。下の写真です・・・ありあわせの「庚申塔」を針塚のシンボルにしたのか? それとも、お針子に「見ざる 聞かざる 言わざる で勤めなさい」 と教えたのか? 深川というのは「色町」でしたから、芸者さんなどの生活に関わる様々なお話があるはずです。そういうものも調べて見たいな・・・
m77-08-51A F1679

橋を渡って、辨天様にお参りしましょう。

m77-08-49 F1671

m77-08-50 F1675

 

m77-08-48 F1669

辨天様は細長い「辨天池」の中の島にあります。先ほどの末社との間に池が有るわけです。これで、八幡様の沢山の付社を回りましたので、木瓜爺も昼食にしようと思います。どこかに腰を下ろしたい。休憩所まで戻るのもちょっと面倒だな・・・

m77-08-53 F1687木遣り碑

この辺でちょっと座るか・・大きな石碑がありました。「木場の木遣り」碑。つまり「木遣り歌」の石碑なのです。「角乗り碑」というようです。「木場」は直ぐ近くですね。今は見られませんが、貯木池にずらーと並んだ材木を見に来たことがあります。多分、木瓜爺が二十代の事です。あたりを見回すと、ここは「婚儀殿」の前でした。つまり結婚式場前。ここで、おむすび食べる度胸はないな・・・

m77-08-54 F1689式場

ちょっと辨天様の方に戻って、木立の中で、おむすび一個。あっという間になくなりました。もう少m77-08-55 F1691し食べたいのですが、十分エネルギーをとると、HbA1cなるものが、ちっとも良くならない・・・エネルギー消費>供給エネルギー にしておかないと、撮歩の健康的意味がなくなってしまう、という悲しい状況にあります。ところが、困った事に、小食になれると、効率が良くなってしまうらしいのです。ちょっと栄養とりすぎると、ガーンと糖尿病の方向に悪化してしまうようになる。さりとて、食べないと抵抗力(免疫力)が低下するらしくて、風邪をひいたり、化膿したり・・ブツブツ・・ぼやいていたら、お馬さんに笑われました。

さて明日は、「古社」ではないのですが「深川不動尊」の方に行きましょうか、そうだ、先に「永代寺」に寄りましょう。中身が違うのですが、名前的には八幡社の別當でもあったお寺です。・・12/30「永代寺」、12/31「深川不動」で、ナントカ2015年を乗り切れそうです。

広告
カテゴリー: 古社, 寺社, 散歩 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中