2016/01/07: 深川散歩;木瓜爺撮歩68-18 日蓮宗の諸寺 (No.2557)

「圓隆寺」の前にも、お寺があります。こちらも日蓮宗。

m68-18-01  F1795玉泉院

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「長昌山 玉泉院」。長昌というのは、開創者の名前から来たようです。長昌院日覺という方だったそうです。「江東区の民俗深川編」という資料がネット上に有るのですが、該当する寺院を見つけるのに手間取ります。そうか・・「猫の足あと」さんが入力されたものになっているのですね。それなら、「猫」さんのサイトをアテにしましょう。『玉泉院:明暦年間に長昌院自覚上人が開山創始した。浄心寺塔頭の一つ。関東大震災で祖師像の焼失はまぬがれる。その後、鉄筋コンクリートの本堂と特設墓地を設置する。この二つは戦災をくぐりぬけ、昭和三三年に客殿を落成、昭和三九年に庫裡を落成する。平成一二年に現本堂・葬斎場玉法会館が完成する(「玉泉院縁起」)』寺に伝わる「玉泉院縁起」からとった記述のようです。ここには、橋本雅邦の墓、横綱阿武松緑之助墓、十三代・十六代木村庄之助墓などが有るそうなのですが、墓地はどこなのだろう? よく分かりません。

続いて、「妙栄山 本立院」です。m68-18-03 F1806本立院

 

『本立院:開山は本立院日覚上人で、貞享四年(1687)に創建された(「小西法縁名鑑」)。また、この寺は宝永年間(1704-1711)清水氏の開基に係わる。新田純孝氏の系譜に、同氏五代前の祖清水半身衛顕恒氏の条に「宝永年中深川浄心寺中に本立院を建立して祖父玄明様の御菩提を弔う」とあるという。玄明院とは清水半兵衛純嗣といい、新田岩松満次郎源秀純の支子で、本姓をはばかり母方の清水氏を称したという。天和年中(1681-1684)に亡くなり、浄心寺中に葬られる。明治期には、熊本城天守閣に鎮座していた加藤清正の像が祀られていた。熊本城が鎮台に属したときに民間に出たものだという。この像などは震災により焼失し、現存していない(「新撰東京名所図会」)』同じ資料のコピーですが、原典は「新撰東京名所図会」と書かれています。ここには、有名人の墓がありますよ。江戸時代後期の探検家。樺太(サハリン)が島である事を確認した事で知られる、「間宮林蔵」の墓です。m68-18-04 F1810唱行院

 

「本立院の向かい側にあるのが「唱行院」でしょうか・・ここは、山名はないようです。最初は「京橋」の方にあった寺のようです。此の寺に関しては、「猫の足あと」さんが使えません。変な話ですが「編集ミス」らしくて、途中から「一乗院」に化けているのです。別の角度から探しているのですが、検索にかかって来ませんので、とりあえず、先に進みましょう。

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m68-18-06 F1813一条院

 

「玄龍山 一乗院」です。これも日蓮宗。『一乗院:開山は仙能院日善大徳で、寛文一〇年(1670)に浄心寺の塔頭として創建された(「小西法縁名鑑」)。(江東区の民俗深川編より)』ここは、木造三宝本尊像(江東区有形文化財)などの文化財が豊富なようです。ほい、今度はm68-18-07 F1815善応院「妙龍山善應院」ですか、「深川鬼子母神」ですね。・・・ここは、ホームページがありました。住職さんがこう書かれています。『みなさん、こんにちは。妙龍山 善應院のホームページにお越しいただき、ありがとうございます。住職の鈴木隆泰(常研院日泰)です。善應院は、江東区平野にある日蓮宗のお寺です。江戸時代の5代将軍徳川綱吉公の時代に秀閑院日榮上人によって開かれた歴史のあるお寺です。私で第二十八世になります。代々、子育ての神様である鬼子母神をお祀りし、かつては深川鬼子母神と呼ばれ賑わいました。境内には、龍神様や子育て観音もお祀りしております。』

しかし、墓地がみえないなあ? どうなっているのだろう? と、首をひねっていた木瓜爺の前に、今度は墓地タウンが出現しました。固めてあったのです。最初に目に入ったのが「圓隆院」でした。以下、浄心寺の周りに、ずらりと並んでいました。

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そして、「浄心寺参道」に入ろうと思ったら、反対側に「大黒天」の文字。「円珠院」というお寺です。m68-18-12 F1827m68-18-11 F1826円珠院「深川七福神」の案内の中に、紹介されていました。

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『円珠院は、享保のころ旗本永見甲斐守の娘、お寄の方が起立しのち、円珠院殿妙献日寄大姉の法名で、享保十五年末(1730年)に此の寺に葬られました。
享保五年(1720年)十一月十三日画かれた大黒天の掛軸があり、木造の大黒天が安置、境内に石造の破顔大黒天が安置されています。江戸時代から、深川の大黒天として有名m68-18-14 F1830でした。』大黑様にはお目にかかれるのかな?ガラス越しにトライ。小さな像が真ん中におかれているようです。庭の方に代役もおられます。m68-18-15 F1833

「円珠院」も「浄心寺」の塔頭の一つです。では、「浄心寺」の参道に入りましょう。

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