2016/01/13: 文京区散歩;木瓜爺撮歩25-07 一向山富明院専西寺 と 福寿山大林寺 (No.2563)

「十方寺」から50m位で現れた次のお寺は、浄土真宗大谷派の「専西寺」でした。

m25-07-01 専西寺

「一向一揆」って覚えておられますか?『一向一揆(いっこういっき)は、戦国時代に浄土真宗本願寺教団(一向宗)の信徒たちが起こした一揆』ということで、本願寺派かと思いましたが、大谷派でした。

こちらもネット上の情報はきわめて少なく、「猫の足あと」さんが頼りですが、『専西寺: 同(駒込蓬莱町)三十二番地にあり、一向山と號す、真宗京都大谷派なり、僧正入を開山とす、寛永三年創立。
新編江戸志(四)に云、開山正入は洛陽の人なり、本願寺東泰寺院主に仕へて江戸に下り、寛永三丙寅年神田湯島にて當寺を起立、明暦四戊戌年四月九日寂す。貞享年中今の地へ移る由寺傳なり。(東京名所図会より)』 この「東京名所図会」に書かれているのは、「駒込蓬莱町」。そこから現地に更に移ったのか? 「文京区駒込蓬莱町」というのがあったと教わって調べて見ますと、『【消滅した年】1967(昭和42)年 【現在の町名】向丘 【町名の由来】将来の町の繁栄を願い、中国の伝説上の仙人が住m25-07-02 専西寺むという蓬莱山にあやかって命名された。(中略)なお、町内には植木等さんが幼年期に僧修業をした真浄寺というお寺があります。』という記述にぶつかりました。

「駒込蓬莱町」は昭和42年まで使われていた、此の場所の地名でした。 昔の名前の方がよかったなあ・・・

「子育地蔵」が門の所におかれていました。

本堂は、多分、戦災後の建築でしょう。これも、ミャンマーなどの影響を感じる塔ですね。 真宗なので、本尊は阿弥陀如来でしょう。大谷派の本山は、京都の「東本願寺」です。

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ある方に、『「南無阿弥陀仏」を本願寺派では「なもあみだぶつ」と唱え、大谷派では「なむあみだぶつ」と唱える』と教わりました。そう聞けば、思い当たる節がありまm25-07-04 F9228す。 ここは、ちょっと拝礼だけして、外に出たのですが、やや大きなお寺に出合いました。「曹洞宗 大林寺」と書かれた石碑。奧におられるのは? 「お地蔵様」かな?

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もう一つ石碑がありまして、「境内堂福寿 辨財天 大黒天 安置」・・・境内にお堂があって、辨財天と大黒天を安置していると云うことでしょうか? これは、入らないともし分けないな・・ちょっと参道の距離が長いのですが、入ってみましょう。

m25-07-07 F9233福寿山大林寺

あれまあ、狛犬さんもいますよ?

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『大林寺 :同(駒込蓬莱町)十七番地にあり、福壽山と號す、曹洞宗高林寺末なり、元和年中僧元秀の開基にして、開山は喜山春悦和尚なり、初め下谷に在りて、本郷丸山田町、小石川白山前に移り、正徳二年今の地に移るといふ。(東京名所図会より)』

最初は「下谷」にあって、「本郷」「小石川」を経由して、後にここにやってきた寺院です。『山号は福寿山  住所:文京区向丘2-27-11』

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「鐘楼」は空き屋になっています。戦時中に寄附させられたままなのでしょう。こういう都心のお寺が気の毒に思うのは、戦災で檀家を殆ど失ってしまったのですね。ですから、こういう復旧が殆どできない寺院も多いのです。m25-07-12 F9241

 

 

 

 

 

やっと、本堂が見えて来ました。右が庫裡でしょうか?

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小形のお堂がありました。額の墨色が薄くなって読みにくいのですが・・・

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「福寿堂」です。ここに「辨天様」「大黑様」がおられるのですね・・・中はよく見えませんでした。

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mukogaoka_dairin2s本堂は、近くで見ると、現代建築でした。戦後すぐバージョン? のっぺらぼう型です。「猫の足あと」さんにある本堂の写真と全然違うので、木瓜爺狐につままれています。比較のために、コピーさせていただこうか・・・ 全然違うでしょう? わかんねえなあ????・・木瓜爺は、別の場所をうろうろしているのでしょうか?  奇々怪々です。

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墓地も本堂の直ぐ近くに並んでいますが、これは「松平家」大名家の血筋なのでしょうね。シンプルですが、すごい貫禄です。

あちこちに手を合わせて、頭をさげ、元の道に戻ります。本郷通りにでると、「高耀山長元寺」というのがあって、其の先が、今回の終点「湯嶋山 浄心寺」・・あと、2回かな?

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