2016/01/23: 北品川散歩;木瓜爺撮歩94-37 豊盛山 延命院 一心寺 (No.2573)

この「一心寺」は見かけは小さなお寺?ですが、このあたりでは最もお参りする方が多いのではないかと思われます。というのは、「昭和選の江戸三十三観音霊場三十番」、「東海七福神 寿老人」、「品川不動尊」と三役兼務になっており、さらに「ほうろく灸」という「お灸」までやっておられるからです。お堂の中はいつも一杯ですよ、ということでした。ただそのお堂の方は写真が写せないので、状況をお見せ出来ません。でもよくしたもので、「ほうろく灸」で検索すると、お堂の中も写った写真が出て来そうです。

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「古東海道」に面した入口です。こちらは「品川成田山」つまり「不動様」がおられます。宗派としては、真言宗智山派。「豊盛山 延命院 一心寺」 住所 品川区北品川2-4-18 本尊:不動明王札所本尊:聖観世音菩薩、それに「寿老人」ですね。

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由来が書かれているのですが、時刻が悪かったのか光ってしまって、よく読めません。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA『安政2年(1854)日本開国の機運が高まり、大老井伊直弼が江戸台場の沿革・・(ちょっと読みにくい・・要するに)「品川宿で鎮護日本・開国条約・宿場町民の安泰を願え」との霊験を得て、一心寺を開基、町民代表の手で建立されたと伝えらる。』・・と言うことですね。その後、火災に遭って明治8年(1884)に再興したようですが、『昭和になって中興の祖、僧正弘道大和尚により、豊盛山延命院一心寺とし、成田山分身の不動明王を本尊とし、延命、商売繁盛の守りとして信仰を集めた。 昭和新撰「江戸三十三観音霊場」第30番札所。「東海七福神」寿老人。 』 と、ダイジェストしておきます。関東大震災や東京大空襲ではこの辺は焼けなかったのかなあ? お堂の不動明王は幕の陰になっていて拝めません。それでも、写真は駄目です、と叱られました。口惜しいので、額だけ写します。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

「ほうろく灸」というのは、素焼きの皿(ほうろく)を裏返しにして頭に載せ、もぐさ・みそ・どくだみ等の灸をすえる方法。一心寺のほうろく灸は、昭和6年(1931)より続いているそうで、多くの人たちに親しまれているとのことです。

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江戸三十三観音の札所が書かれていました。撮歩の種は、まだだいぶ残っていますね。写真が写せないとなると、拝むだけです。失礼して、次を探しましょう。「正徳寺」というのがあるようです。と、古東海道を南に進みます。KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

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お、ありましたよ・・・「品川宿本陣跡」。説明板がぼろけています。

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ははあ、江戸期の最初の頃、品川宿は北品川に一軒、南品川に一軒あったのですね。この北と南は、多分「目黒川」という川を間にして区別していたのだろうと思います。この川、後に流れを変更されて、南に移りました。いずれ訪れる「荏原神社」こと「南の山王」は、当初目黒川の右岸にあったのですが、現在は左岸になっています。

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