2016/02/06: 南品川散歩;木瓜爺撮歩94-49 照高山 圓教院 本覺寺 と 御嶽稲荷神社 (No.2587)

「本覺寺」は、「新編武蔵風土記稿」を見る限りでは、期待の持てるお寺の筈でした。『本覺寺 除地一段五畝十一歩 小名南馬場町の北側にあり 天台宗照高山圓教院と号す 元亀三年の起立と云 貞亨四年中興晃慶の時 江戸山王城琳寺の末となれり 本尊m94-49-02 F9522弥陀は恵心僧都の作 客殿方五間 南にむかう』。大きさ的には中クラスのようですが、何しろ「天台宗」ですから、続いて歩いた「日蓮宗系」よりは、いろいろ見られるだろう・・・

しかし、この山門でがっくりです。本当にお寺かしら?m94-49-03 F9523

間違いでは無いようです。門を入ると、直ぐ左手に、会館・・・「本覺寺大光普照殿」という葬祭場があります。あとで考えると、この「普照殿」が、このお寺の商売道具だったようです。つまり、完全な「葬式寺」になっているようです。それはそれで、一つの生き方ですから避難するつもりは毛頭ありません。ただ、非難したいのは、本堂前にいた馬鹿犬です。わんわん吠えて、参詣しようとする木瓜爺を追い払いにかかります。寺の関係者らしい人が側にいるのですが、制することもしません。つまり、入って来るなという意思表示でしょう。

m94-49-04 F9524向かって右側が本堂のようです。犬がいるのは庫裡側ですから、番犬であることは認めますが、とにかくうるさい。

m94-49-05 F9525このバカ犬、大きいのですね。自分が犬ですから、犬をあまり怖がらない木瓜爺ですが、大きいのは押し倒されそうで、この頃は避けています。木瓜爺だけでなく、多分みんなに吠えるのでしょう。このお寺を訪れた「散策ブログ」は皆無です。

「天台宗東京教会」の記事でざっと紹介だけしておきます。

『所在地:〒140-0004 東京都品川区南品川1丁目10番11号  開創:元亀3年 (西暦1573年)  本尊:来迎三尊阿弥陀如来  尊像:火防の不動二童子付 地藏菩薩坐像
伝教大師木像比叡山根本中堂と同一錦戸新観師作 馬頭観世音菩薩楠一木彫刻丈165糎総丈250糎  同脇侍梵天帝釈天丈120糎  不空絹索観音、阿弥陀如来坐像、大日如来坐像何れも錦戸師作其他にも同氏作聖観音、十一面観音、釈迦牟尼如来、銀・白銅製のもの等がある。』 本堂の中にお参り出来れば、沢山の仏様にお目通り出来たようです。

『寺に就いては旧本堂庫裡大修繕、昭和28年8月保育園建設、33年10月旧本堂屋根瓦葺変え、昭和32年33年と保育園増築、43年4月新本堂庫裡鉄筋3F建着工同44年3月完成、同46年6月伝教大師像完成、同53年10月馬頭観音像入仏、58年梵天帝釈入仏、同58年11月水子地蔵ブロンズ入仏、61年3月葬斎場大光普照殿完成 平成年12月馬頭観音堂鉄筋三階建完成
不空絹索観音平成10年3月入佛 大日如来坐像等身大極彩色錦戸新観師作此の大日如来の彫刻が錦戸先生の最后の作品となった。』

『文化財史跡:石造庚申供養塔、品川区指定有形民俗文化財に指定、この庚申塔は、寛文八年(1668)に造立された高さ約1.3メートルの大型塔である。上面に青面金剛の立像と邪鬼、まん中に見ざる・聞かざる・言わざるの三猿・下方には宇田河甚兵衛他5名の造立者名が刻まれ、人名の中央には本覚寺の名が読みとれる。当時はこの塔を中心に縁日が開かれ、店が立ち並び賑わった。』

本堂内部はともかくとして、この「庚申塔」などは見たかったなあ・・バカ犬め!

すっかり気分を害された木瓜爺、ぷんぷん云いながら(?)、元の通りにもどり、少し東に進んでから右折、「御嶽稲荷神社」というのに向かいます。この名前は「御嶽神社」と「稲荷神社」の合祀で出来た名前でしょう。

m94-49-06 F9527御嶽稲荷社

思ったより小さい社です。オマケに入場禁止らしい。またまた期待が裏切られました。

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「神額」は「三岳神社」で、「倉稲魂命」と「大山祇命」が両側に書かれています。

「新編武蔵風土記稿」にあるかなあ?  これだ! 『(南品川宿上)三岳権現社 除地二段十二歩小名後路町の南にあり 本社方九尺 拝殿九尺に二間 祭神大山祇命 相m94-49-10 F9532殿に倉稲魂命を祀る 例祭二月初午 古は字三竹耕地にありしか慶長六年當所駅亭となりし頃 此に移すと云 今も旧地に除地十八歩あり』 以前から二神おられたようですね。しかとしたことは分かりませんが、あった場所が「三竹耕地」とうので、「三竹」変じて「三岳」となり、「御嶽」と変わった可能性もあります。「大山祇命」は「山の神」なのでここでは「地主神」としての存在で、「倉稲魂命」が主神だった社。というのが木瓜爺の推定。本来の「御嶽神社」とは関係なしという考えです。そう言いきるのは、この使い狐がいかにもお稲荷さんだからでしょう。ただし、荏原神社にも「御嶽神社」がありましたから、山の神様の代表として、海辺の小山に出て来られたのかもしれません。

次に行くのは、「常行三昧寺」という天台宗のお寺です。裏切られた「本覺寺」の埋め合わせをして下さることを期待しましょう。

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