2016/02/10: 南品川散歩;木瓜爺撮歩94-53 東関森稲荷社と松下稲荷社 (No.2591)

1/28に、「青物横町」まで足を伸ばしました。2回下車した「新馬場」の次の駅です。この「青物横丁」というのは「通称」らしいのですが、江戸時代には「野菜市場」があったためのようです。「青物横丁」の駅の周辺には「海晏(かいあん)寺」「海雲寺」「品川寺」「天妙国寺」といった古寺が並んでいます。今回は「海晏寺」だけはよりそびれたのですが、他は一通り拝んで参りました。これらの寺院とは、ちょっと方向が違うのですが、「時宗 海蔵寺」の南に、木瓜爺が寄り忘れていた、稲荷神社が二社ありましたので、ブログでは、先にそれを紹介したいと考えました。その最初が、「東関森稲荷」です。ちょっと変わった名前ですが、結構あちこちにある名前です。多分、兄貴分は、隣の「大井町」にある「東関森稲荷」だろうと思いますが、大森海岸の方には「東貫森稲荷」がありますし、「東灌森稲荷」というのもどこかにありました。
 
さて、住所:東京都品川区南品川4-17-8 にある「東関森稲荷」ですが、全国の熊野神社を探索されておられる方のブログで、興味有る記事を見つけました。それから紹介させて頂きましょう。『JR大井町駅下車徒歩10分ほど。駅よりジェーm94-53- 01 東関稲荷ムス坂を下り商店街を抜けたあたり、左側にひっそりと鎮座。この神社は1989年版の昭文社の地図に所在が記載されていた。また、戦後すぐの地図にも熊野神社と記載されている。
ところが、現地を訪問してみると、東関森稲荷神社が該当地に鎮座していた。』 これによると、昔の地図では「熊野神社」であったというのです。全く別の方のブログにも『松下稲荷神社の北西に鎮座する東關森稲荷神社(品川区南品川4-17-8)。
由緒等を記したものは見当たらなかったのでググってみると、元々こちらには熊野神社があり、後に稲荷神社を合祀して宇迦之御魂神・伊邪那岐命・伊邪那美命の三柱を御祭神としているとのこと。また、古くは稲荷森稲荷と称しており、稲荷森(とうかもり)が東関森(とうかんもり)に転訛して現在の社名になったようだ。大井町駅と西大井町駅の中間辺りにも東関森稲荷神社があるが、そちらから分霊したものであるのだろうか。 』と記載されています。

m94-53- 02 東関稲荷

これをヒントに、「新編武蔵風土記稿」を探ってみると、先日紹介しました「三岳権現社」の続きに出てきた「稲荷社」が該当しそうです。『(南品川宿上)稲荷社 見捨地二段十五歩 字廣町耕地にあり 稲荷(とうかん)森稲荷と号す 間口三間奥行九尺 是も例祭二月初午』と書かれています。合祀されたらしい「熊野社」についての記述は「南品川上」には見つかりませんが、「南品川下」にある「熊野山 常行寺」の熊野神社が行方不明(?)なので、ここに収容されたのだろうという推定をされた方もおられます。

m94-53- 04 東関稲荷

社殿は前が拝殿で、後部にコンクリート製の囲があり、旧神殿が入っているようです。壁面の奉納額を見上げて一つ気が付いたのは、品川火消し組(?)の区別がついた人名です。纏のマークがついています。

m94-53- 03 東関稲荷

ちょっと手ぶれしてしまいましたが、内部の様子です。左大臣右大臣がおられるようです。「猫の足あと」さんにまとめて頂きましょう。『東関森稲荷神社
由緒は不詳であるが、いい伝えによると、はじめ熊野神社、すなわち伊邪那岐命、伊邪那美命を祀り、のちに宇迦之売命を勧請し、稲荷森稲荷と称えられ、のちに現在の神社名となる。(東京都神社名鑑より)』 なのだそうです。それで、

『稲荷神社 祭神:宇迦之売命  相殿:伊邪那岐命、伊邪那美命』ということになりm94-53- 05 東関稲荷ます。ちょっと一休みします。鞄の中から、非常用?食料をとりだし、むしゃむしゃ・・・木瓜爺山登り時代のクセで、カロリーメイトのようなものを持ち歩いていますが、賞味期限が迫ると、昼食がわりに食べています。

隣の敷地の廃屋的なものの手入れをしているようなのですが、地境のブロックと建物が完全にくっついていまして、ブロックの所々を抜いてあります。反対側も同じ状態でした。何だか凄い土地の使い方です。

稲荷から200m程南にある交差点の角に、「寺」がありました。天理教の城南分社とか書かれていました。

m94-53- 07 天理教教会

ここから、東に入ります。第一京浜との中間くらいに「松下稲荷」という神社があるようです。あ、蕎麦屋があった・・・ここで食べればよかった・・・

m94-53- 08 松下稲荷

この地域は「東睦会町内会」だそうですが、「松下稲荷」は町内会の鎮守的な役割を果たしているようです。町内会のホームページを見ると『初午:当町内会恒例行事とし、荏原神社宮司の先導により実施・・・毎年2月第一日曜日に多数のお集まりを頂き、賑やかに実施しております。(当町会ではこの日、もちつき大会も合わせて行っています)
是非、当町会に位置する松下稲荷神社に詣で、町内安全、家内安全、五穀豊穣を祈願すると共に、もちつき大会にご家族揃ってご参加ください。お待ち申しております。
』と書かれています。木瓜爺の住む町だと、町内会のHPにこんな事を書くと、「政教分離だ!」なんて、反対の声が大変だろうなあ・・・

m94-53- 10  松下稲荷

m94-53- 11  松下稲荷こちらですね。「猫の足あと」さんが由緒を調べて書いて下さっております。『松下稲荷神社 創祀年代は不詳であるが、いい伝えによれば、慶長年間(一五九六-一六一五)南品川二丁目天妙国寺内門前地(現在の南品川五丁目)に松の大木があって、その根元に祠をつくり、京都伏見稲荷神社の御分霊を勧請し、以来町内の守護神として崇敬が篤い。(東京都神社名鑑より)』

ちょっと舌足らずですが、元は「天妙国寺」の門前の松の木の下にあったので、「松下稲荷」と呼ばれたということですね。「天妙国寺」とは200m近く離れています。そのものとは考えにくいので、それを、こちらに勧請したと云うことかな? あるいは、神仏分離の際に引き取ったのか?

m94-53- 12  松下稲荷

m94-53- 13  松下稲荷

 

m94-53- 14  松下稲荷

 

見かけは小さな社ですが、内部にはきちんと祭壇が作られ、提灯までぶら下がっていました。m94-53- 15  松下稲荷

手水舎なども、手作り感一杯。住民に愛されている「お稲荷さん」ですね。

しっかり住民をお守り下さいとお願いして、「青物横丁」駅に戻ってきました。明日からは、改めて駅の東側を撮り歩きします。

m94-53- 17  青物横丁駅

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