2016/02/12: 南品川散歩;木瓜爺撮歩94-54-2 龍吟山 瑞林院 海雲寺 〔品川千体荒神王〕 (No.2593)

「烏瑟沙摩明王」のお堂の横には、鐘楼がありました。

m94-54- 25 海雲寺

m94-54- 15 海雲寺「電灯明王」の横には、「力石」なども置かれて居ます。はてな?どこかに、役行者もおられたのですが、写真を写し忘れたようです。品川寺にもおられたので、そちらで紹介することにします。

「新編武蔵風土記稿」をそろそろ登場させましょうか。

『(南品川宿下 海雲寺)除地一段一畝八歩半 年貢地三段六歩 品川寺の南隣なり 禅宗曹洞派海晏寺末 龍吟山瑞林院と号す 僧不山東用起立す 当時は瑞林庵とて海晏寺塔中なり 本山五世分外祖耕の時 元禄二年一寺とす 東用は寛文十三年六月十九日寂す 是を開基と称し 祖耕は元禄八年五月二十五日化す 是を開山と号す 本堂三間半に六間半 本尊十一面観音 木の坐像 長一尺一寸 仏師春日の像と云』

 

m94-54- 18 海雲寺

正面にみえているのが、「荒神堂」で、手水舎で隠れているところが本堂のようです。なお、駅前で見えたタワーは、ここではまるで見えないのですが、どうも荒神堂の真後ろにあったようです。

m94-54- 19 海雲寺

荒神社 本堂の南傍にあり 二間半に三間 護摩所二間に四間半 拝殿二間半に四間半 神体木の立像 長九寸五分 毘首羯摩の作 今深秘す 前立長三尺二寸 古よりここに鎮座すと云 例祭三月十一月廿七八日両日 神楽を奏し護摩を執行す  神楽殿 荒神社の東にあり九尺に二間半 龍天善神白山稲荷合社 境内の鎮守なり 二間に九尺』

「新編武蔵風土記稿」の時代よりは大きくなったようです。この荒神堂、外陣までは靴を脱いで入れます。天井が面白い。火消しの纏がずらりと描かれています。「火防の神仏」ですねえ。「烏瑟沙摩明王」が祀られたのも、同じ意味だったのでしょう。木瓜爺には、「海雲寺千躰荒神堂奉納扁額(品川区指定有形文化財)」というのが、どれを咲いているのかは分かりませんでした。

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「内陣」の様子はよく分かりませんが、「千体」の「荒神様」がおられるのでしょう。

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この額に入って、光っているものでしょうか?m94-54- 23 海雲寺 いやそうではなくて、二十七面すべてなのですねえ・・このあと、本堂の前に行ったはずなのですが・・・何故か写真がない・・これかな?

m94-54- 24 海雲寺

こちらに、「十一面観音」がおられるようでしたが、近づけない状態なので、遠くから拝んできました。

m94-54- 27

もう一度、「鐘楼」と「烏瑟沙摩明王堂」の前を通って、退出します。隣の「品川寺」に向かいます。

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