2016/02/13: 南品川散歩;木瓜爺撮歩94-55-1 海照山 品川寺(ほんせんじ) 地蔵銅像 (No.2594)

品川という地名、どういう理由でついた名前かという事から始めましょう。「新編武蔵風土記稿」の「荏原郡之十五 品川領」には、『品川領は郡の東の方 海にそいし所なり これも御打入の後に定められし領名なるへし』から始まっています。「御打入」というのは、家康が江戸に移ったことを意味しているようです。そして、「品川宿」の説明のところで、こう書かれています。これがややこしいのです。『土人云 古ハ品ヶ輪ト書シテ後今ノ字ニ改ム 此地 出崎或ハ山谷アリテ品ヨキ地形ナレハ隣村高輪ニ対シテ品ヶ輪ト名付ト云 サレト高輪ハ高縄手ノ下略ナリトイヘハ此説イカカハアラン 又 今宿内目黒川ノ古名ヲ品川ト云イシヨリ地名トナリトモ云』 風土記稿としては、この「目黒川」の古名説を有力と見ているようです。m94-55- 01 品川寺元は「下無川」だったのが略されて「品川」になったという説も併記されています。「東鑑(あずまかがみ)」に品川太郎、三郎、四郎・・などの名前が出てくるので、鎌倉将軍の頃には既に「品川」という地名は確定していたのだろうと書かれていました。「海雲寺」から「品川寺」までは、あっという間に到着です。「江戸六地蔵」「梵鐘」は見て行きなさいよという案内ですね。お地蔵様が六体と言うことではなく、江戸六地蔵の一つがあるという意味なのですから、「品川寺 江戸六地蔵」ではなくて「江戸六地蔵 の品川地蔵」・・・

m94-55- 02 品川寺

山門に行く前にあります。品川観光協会の案内をみましょう。『銅造地蔵菩薩坐像「江戸六地蔵」(東京都有形文化財 彫刻)  品川寺入口にある巨大な地蔵像。 ・宝永5年(1708)に江戸深川の地蔵坊正元が、浄財を集めて、江戸の入口6か所に造立した江戸六地蔵のうちのひとつ。他の5カ所は、浅草、新宿、巣鴨、深川(2カ所=うち1体は明治初年に壊され、のち上野に再造)。・神田の鋳物師太田駿河守正義の作。』

m94-55- 03 品川寺地蔵菩薩

m94-55- 05 品川寺

現地の説明板は、ぴっかぴっかで読めません。六地蔵の中で一番大きいと書かれていますね。深川では気が付かなかったなあ?と、首をひねったのですが、深川のは廃仏毀釈で壊されてしまったのでした。この地蔵は「新編武蔵風土記稿」にも記載されています。『地蔵銅像 門外にあり 露座長九尺 江戸六地蔵の一 地蔵坊正元の立る所なり』

m94-55- 06 品川寺溺死者供養

このお地蔵様の前に、「溺死者供養塚」があり、お地蔵様も並んでいます。そうそう、「品川寺全体の地図」があった筈。それを探して挿入しましょう。

m94-55-00 品川寺案内図a

今は下の方、「参道」におります。「表門」が見えています。右手前に「宝筺印塔」が写っています。この「品川寺」は寺前のホームページもあります。「海照山 品川寺(ほんせんじ)」「真言宗 醍醐派 別格本山」「江戸三十三観音霊場第三十一番 東海三十三観音霊場第二十一番」です。「ほんせんじ」と読むのが正しいのですが、つい「しながわでら」と呼んでしまいます。『創立大同年間(西暦806~810年) 開山:弘法大師 空海 本草:観世音菩薩 (水月観音・聖観音)』と、ここまではHPの写しです。

m94-55- 07 品川寺

m94-55- 08 品川寺

山門にはこれとは別に「七観音霊場」という札がかかっていました。これは、何だか分かりません。

HPには、詳しい「縁起」も記述されています。なかなか面白いです。その中に『大同年間(806年~810年)に開創された品川で最も古いお寺です。本尊「水月観音(すいげつかんのん)」は、弘法大師空海上人(774年~835年)が東日本を教え、導いた時、この地の領主、品河(しなかわ)氏に授け、以来、応永2年(1395年)品河左京亮(しなかわさきょうのすけ)の代まで代々同家に伝えられました』と書かれていました。m94-55- 09 品川寺山門をくぐって中に入ると、右手に神社が祭られています。

先ほどの境内図で確認すると「辨天堂」のようです。つまり、「辨天神社?」

でもおかしいのです、HPの中の写真を見て行くと、これは「稲荷神社」になっています。此の境内図いつ作られたものなのだろう?何かのパンフレットにあった絵図の筈なのですが、これは失敗しましたね。間違い箇所発見! 反対になっています、左上の「稲荷堂」と右下の「弁天堂」が入れ違いです。ほかは大丈夫だろうなあ?m94-55- 10 品川寺

 

 

神殿部分の拡大・・あれえ? 太鼓には「不動尊」と書かれているようですよ?なんだかごちゃごちゃになっているようです。周辺に石祠が置かれています。これを皆合祀したのでしょうか? 「新編武蔵風土記稿」によると、『稲荷社 本堂の南にあり 境内の鎮守なり 本社二間に一間 拝殿二間に九尺なり』 位置も違っていますし、大きさも一回り大きかったようですね。

m94-55- 11 品川寺

m94-55- 12 品川寺

「品川寺の大銀杏」も名物なのですが、立派ですねえ。この銀杏の木の根方に、庚申塔がいくつか並んでいます。

m94-55- 13 品川寺

m94-55- 14 品川寺庚申塔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「品川観光協会」のWEBから、引用します。右のが2mの巨大な「庚申塔」です。

『大イチョウ(品川区指定文化財・天然記念物第2号) 山門のすぐ右脇に大イチョウがある。推定樹齢600年、樹高25メートル、幹の周囲5.3メートル。この木が落すぎんなんは「厄除け開運ぎんなん」として尊ばれている。』
『庚申供養塔:大イチョウの根元に2基ある。1基は2メートルもある大きなもので、廷宝m94-55- 15 品川寺8年(1680)に造られた自然石。もう1基は高さ76センチメートルで、正面に「庚申堵」の文字とその下に三猿が刻まれている。寛政7年(1795)造立。』m94-55- 16 品川寺

 

 

銀杏の説明がありました。樹齢600年と書かれています。今日はここまでにしておきましょうか・・木瓜爺、上のまぶたと下のまぶたがくっつき始めました。高齢化現象で、どこででも、居眠りしてしまいます・・・・

m94-55- 17 品川寺

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2016/02/13: 南品川散歩;木瓜爺撮歩94-55-1 海照山 品川寺(ほんせんじ) 地蔵銅像 (No.2594) への1件のフィードバック

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