2016/02/16: 南品川散歩;木瓜爺撮歩94-57 光照山 真了寺 (No.2597)

この区域で、敷地的に最も大きなお寺は「天妙国寺」という日蓮宗のお寺ですが、その塔頭だった「真了院」が独立(?)したのが、「光照山真了寺」。「新編武蔵風土記稿」には「塔中」として「修定院」、「正中院」に続いて『真了院 正中院の西にあり』とだけ記録されています。同書の「妙国寺境内古図」を見ますと、諏訪社らしい鳥居の後ろに三軒ほど建物が書かれていますので、多分その真ん中の家(?)が「真了院」なのでしょう。「天妙国寺」は当時「鳳凰山 妙国寺」です。

m94-57- 01 神了寺

山門前にやってきました。変わった門です。「光照山真了寺」、柱に「白象」がついています。これは、お釈迦様に関係があるはず。佛様らしい浮き彫りもありますね。えーと、こう言うのは観光協会が良いのか? ホームページが良いのか? 観光協会に行きましょう。

『日蓮宗 光照山真了寺(こうしょうざんしんりょうじ)
・創建 延宝元年(1673年)
・天妙国寺の塔頭として建立され境内に祀られている諏訪大明神の別当を兼ていた。
明治の寺社分離で真了院となり、昭和27年真了寺と改称された。
・山門:右に梵天(仏教の守護神)左に帝釈天(佛界を守る神)
・柱を支える象は、釈尊の母が白象を見て釈尊を身ごもったとされる白象である。
・郷土の有形文化遺産の力石が置かれている。別当をしていた江戸寛政元年(1789年)時代諏訪大明神祭礼時の力比べ力石で素性来歴、告示内容の全てが明確m94-57- 02 真了寺で貴重な力石である。(しながわニュースVol.212より)』 白象の説明はありますね。浮き彫りは「梵天」と「帝釈天」だそうです。もっとアップで写すのだった! 変だなあ? これ本当に「帝釈天?」又は「梵天?」どちらにも見えない? いろいろな形があるのでしょうね。

ホームページの方を見ると、これが「ペットの霊園」でした。人間のお墓は商売にならないので、ペット霊園に力を入れているようです。ペットのお墓も、人間並みに「戸建?」と「共同墓」の二種類があるのですよ。共同墓の利用の方が多いとおもいますが、最近はペットのお墓に後から人間も入ろうという人もいるらしくて・・・どういう事かというと、ペットの方が先に死んでしまうのですね。それで自分用に作って有った墓に、あたりの墓の持ち主には内証で、ペットを送り込んでしまうのです。普通の墓地では、人間の所にペットを埋葬する事はできないのですが、公園墓地みたいな場所では規制がいい加減な所あるようです。「家族の一員である」なんて強硬に主張するのでしょうね。こちらの、ペット霊園は、人間の墓所とは別になっていて、本堂の地下室にある納骨堂に2500体すでに納められているとのことです。

雑談はこれくらいにして・・・本堂は高いところにあります。あれ?アソコにも「梵天」「帝釈天」がおられるのかな?向かって右の像は槍のようなものを持っておられますね。どちらかということなら、「帝釈天」でしょう。

m94-57- 03 真了寺

m94-57- 04 真了寺向かって右の建物は「会館」的なもののようです。

m94-57- 05 真了寺

 

 

 

 

 

 

先ほどまでいた「諏訪神社」らしい建物が、墓に向こうに見えています。あそこに入り込めば「神殿」が拝めたのかあ・・・「力石」ってどこだろう?

m94-57- 06 真了寺

よく分かりません。

m94-57- 07 真了寺

あそこまで上がるのしんどいなあ・・・実はこの時、12:28だったのですが、まだ昼を食べていませんでした。其のせいで、身体の方が駄々をこねていました。やっぱり、途中で、たい焼き買ってくるのだった!

m94-57- 08 真了寺

m94-57- 09 真了寺

さあて、何でしょうねえ? 「槍」ではなく「棍棒」の親戚ですねえ?左手には獨鈷のようなものを持っています。木瓜爺には、識別困難・・・降参です。日蓮宗系で、「天」が祀られるには、「日蓮上人」というか「法華経」の守護神が「梵釈(ぼんしゃく)・日月(にちがつ)・四天(してん)等、天照太神(てんしょうだいじん)・八幡(はちまん)の守護し給うゆえに」となっているからです。ぼんしゃくというのは、梵天と帝釈天の略ですね。ついで、日天・月天、四天王など。さりげなく、伊勢神宮の「天照大神」や八幡神社の「八幡神」をとりこんでいるのが、恐ろしい? 「八幡大菩薩」は、この系統のお寺でよくお会いします。

本尊は何だろう?「日蓮宗東京都南部宗務所」のWEB情報ではこう書かれています。

『真了寺 住所:品川区南品川2-7-25 旧本寺名:品川天妙国寺 (旧顕本法華宗)   本尊勧請様式:一尊四士  祖像:説法像(江戸中期)               沿革:延宝元年(1673)の創立。開山開基日恵。 什師会法縁。 三派合同以前は旧顕本法華宗。延宝元年に天妙国寺塔頭寺院として建立し、境内に祀る諏訪大明神の別当を兼ねた。明治時代に寺社分離し、昭和21年真了院を改称し、その後本堂、庫裡を改築する。霊山帰り鬼子母神は眼光(水晶)鋭く里光りしている。天井の龍の画は馬堀喜孝作。 寺宝:伝承される諏訪大明神掛軸(諏訪大明神は武士形)』

本尊は「日蓮説法像」、「鬼子母神」も祀られているようですね。 インターネットのお陰で、こういう文書的情報は、昔よりはるかに得られるのですが、実際の情景との接点を見つけるのは意外に難しく、むしろ個人の書かれた「散歩ブログ」の方が有難いことがあります。デジカメのお陰で、気に成るものを写してアップされているからです。でも残念ながら、このお寺に関しては今の所未発見です。

さて、いよいよ、「天妙国寺」に到着です。

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