2016/02/20: 江戸の古社:木瓜爺撮歩77-13-1 湯島天満宮(湯島天神)Ⅰ  (No.2601)

梅が咲き始めると、どこかの梅林に行きたく成ります。2/8に、湯島天神に出かけました。ここは、梅林としてはたいした規模はありませんが、何となくくつろげる場所なのです。爺には関係なさそうですが、「合格甘酒」などいうのも売っているし、冥土のm77-13-01 F9725湯島天神入試に受かるように、飲んでこようか・・・「酒まんじゅう」もふわふわしていて楽しい・・糖尿病候補生には少々危険が伴っています。ついでに「文京区散歩」の続きにもなりそうです。「湯島天満宮」だけは「江戸の古社シリーズ」の方に編入しておきます。いつもは、お茶の水から歩いて行きますが、今回はちょっと体力セーブで、行きは「お茶の水」からメトロ「千代田線」に乗り、「湯島駅」で下りました。

m77-13-02 F9744「湯島」というと、上野とは離れているように感じますが、地図を見ると、不忍の池の西南岸なのですね。

ブール-が「不忍の池」です。「グリーン」は「旧岩崎庭園」です。赤い「現在地」マークの直ぐ左に「湯島天神」があります。30m先です。

実際の撮歩は、ちょっと浮気しまして「旧岩崎庭園」の方にあるお寺を偵察してきたのですが、それは後回しにして、「湯島天神」の北口に行く事にしましょう。

この「湯島天神」というのは「通称」で、正式には「湯島天満宮」なのだと、ホームページに書かれていましたので、ブログのタイトルはそれに従いました。「江戸の古社」として採用すると云いましたが、どれくらい古いかという所から説明しましょう。ちょっとワケありの部分があります。此の神社の創立は、「雄略天皇2年1月」の「勅命」により「天手力男命(あめのたじからおのもこと)」をお祀りした事だそうです。まだ「元号」が使われていない時代で、計算すると西暦458年にあたるそうです。「天手力男命」といえば、「天照大神」の籠もった天の岩戸を引き開けた神様です。この神様を祀った有名な神社というと「戸隠神社 奧社」ですね。・・・何が言いたいかというと、「天神様」じゃないのです。「菅原道真」が祀られたのは、正平10年(1355)。だいぶ後ですが、ホームページでは、458年を創建にしています。詳しいお話は後ほど。

まず出てきたのは、「自動車用祈祷スペース」でした。この東に入口の石段があります。

m77-13-03 F9745

m77-13-04 F9746湯島天神北口

 

 

 

 

 

 

この入口のある道の説明が出ていました。石垣の上に見えているのは、後で行く境内社の一部です。

m77-13-07 F9748

m77-13-06 F9747切通坂

m77-13-08 F9749

「切通坂」だそうです。江戸の町は、凹凸が沢山有りました。それで、「切通」で造った道があちこちにあります。 そう言えば、神田明神も裏がこんな石段になっていましたね。湯島も「南口」は、石段などなくて、ほぼ平なのです。m77-13-05 F9823湯島天神南口

 

 

右の写真は、南側の鳥居です。鳥居をくぐって進むと社殿の正面に出ます。今回は裏側から入って行くわけですが、それには理由もあるのです。

とにかく、石段を上がりましょうか・・

m77-13-09 F9752

m77-13-10 F9753湯島天神

上を仰ぐとこんなことになっています。右に鳥居が一つ見えますね。まず、あそこにお参りしたいのです。何だと思いますか?

m77-13-11 F9754

石段を上りきって、後ろをみました。結構参拝者が来るでしょう・・2/8は、実は旧暦の元日だったのです。知ってか知らずか分かりませんが、化石人間の「初詣」でした。石段を上がり終わった木瓜爺、先ほどの鳥居の前に行きます。二社並んで居ます。正面の方は、「摂社」と呼ぶべき神社ですね。境内社の中で、特に関係が強い神社が「摂社」だそうです。

m77-13-12 F9755戸隠神社

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、其の正体は・・・読めますか? 「戸隠神社」なのです。

m77-13-13 F9756

つまり、此の神社に最初に祀られた「天手力男命」が、ここにおられるわけです。これが、北口からお参りした最大の理由でした。m77-13-13 F9758

m77-13-14 F9759

狛犬は光線の具合もあって、目鼻がはっきりしませんが、だいぶ彫りがまろやかに(?)なってしまっているようです。お隣は、稲荷神社ですが、「笹塚稲荷」となっています。由来はなにも表示されていませんし、湯島天満宮のホームページにも書かれていません。後日、「新編武蔵風土記稿」を入手して調べてみます。

m77-13-15 F9760

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提灯に「正一位」の文字が入っていますので、伏見稲荷系とみて良さそうです。では、本殿に行きます。お祓いを受けておられる方々が、祈祷殿一杯に座っておられます。年の初めを、皆さん意識されているのですね。

m77-13-16 F9769天満宮

『創建は古く、雄略天皇2年(458)と伝えられる。太田道灌が再興、徳川家康は江戸入りの際、神領五石を寄進している。菅原道真を祀るこの神社は、学問の神様として別名湯島天神としても広く知られている。境内には銅製の鳥居や、迷子探しの奇縁氷人石がある。また、江戸時代には谷中感王寺(天王寺)、目黒不動と並び三富と呼ばれ、幕府公認の富くじ(富突き)を発行した。泉鏡花作の新派の名作『婦系図』の舞台としても有名で、新派の記念碑や鏡花の筆塚もある。【所在地】文京区湯島3-30-1』これは、「文京区役所」のHPの紹介です。

もう少し詳しいのは? 境内掲示があった筈なのですが写し忘れたのかなあ? 「猫の足あと」さんから借用します。『湯島神社は湯島天満宮、湯島天神として全国津々浦々まで知られている。雄略天皇の勅命により、御宇2年(458)1月創建と伝えられ、天之手力雄命を奉納したのがはじまりで降って正平10年(1355)2月郷民が菅公の御偉徳を慕い、文道の大祖と崇め本社に勧請した。
文明10年(1478)10月太田道灌これを再建し、天正18年(1590)徳川家康公が江戸城に入るにおよび特に当社を崇敬すること篤く、翌19年11月豊島郡湯島郷の内5石の朱印地を寄進し、もって祭祀の料にあて、泰平永き世が続き文教大いに賑わうようにと菅公の遺風を仰ぎ奉ったのである。
その後林道春、松永尺五、堀杏庵、僧堯恵、新井白石など学者文人の参拝たえることなく続いた。徳川綱吉公が湯島聖堂を昌平坂に移すにおよびこの地を久しく文教の中心として、当天満宮を崇敬したのである。明治18年い改築された社殿も老朽化が進み、平成7年12月後世に残る総檜木造りで造営された。(湯島天満宮境内掲示より)』

m77-13-17 F9771宝物殿この社殿は平成7年製と書かれています。 宝物殿もありました。宝物殿の前を通り、一旦、南側に出ることにします。店開きはしていないのですが、屋台がずらりと並んでいます。手水舎が左にあるのですが、是では知らないと見過ごしてしまいますね。一度表まで出て、入り直してこよう・・というのは、此の神社のトイレは門の外にあるのです。出て行って左に曲がった右手です。

m77-13-18 F9773

というわけで、ブログもトイレ休憩? です。

広告
カテゴリー: 古社, 寺社, 散歩 パーマリンク

2016/02/20: 江戸の古社:木瓜爺撮歩77-13-1 湯島天満宮(湯島天神)Ⅰ  (No.2601) への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 2016/03/06 最近の木瓜爺撮歩 | Choi-boke 爺ちゃん

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中