2016/02/25: 湯島散歩;木瓜爺撮歩25-12 寶林山 大悲心院 霊雲寺 (No.2606)

「麟詳院」を出て南に向かいます。お茶の水駅まで歩いてみようか、元の湯島駅に戻ろうか・・・ちょっと迷いながら歩いています。どちらにせよ、真言宗の一派の本山である「霊雲寺」にお参りして行きましょう。

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立派なお堂が見えて来ました。多分あそこでしょう。裏から入る形になるので、迂回して正面にでます。

m25-12-02 F9879霊雲寺

この「霊雲寺」ホームページが作られていますが、コピーをする場合は事前に連絡しないといけないので、あえてHPからは引用しないで書いて見ましょう。掲示がありましたので、これを利用します。

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『真言宗霊雲寺派総本山で、宝林山大悲心院霊雲寺と称する。
五代将軍徳川綱吉は、深く帰依した浄厳覚彦を開山として徳川家のため、天下泰平・武運長久の祈願寺として、元禄4年(1691)創建した。
本堂の他に、総門・潅頂堂・地蔵堂・大元堂・観音堂・鐘楼・経蔵および学寮を有し、周囲に土塀を巡らした江戸時代の名刹であった。大正12年の関東大震災により焼失し、その後の仮本堂も戦災で焼失した。現在の本堂は昭和51年に再建された。
浄厳律師は、著書29種、85巻に及ぶ学僧でもあり、供養儀式(悟りを得るための修法)にも精通し、また大衆布教の一つとして、結縁潅頂(諸尊仏と縁を結び、仏の道に入りやすくする)という儀式を盛んに行った。
今に残る梵鐘は、創建と同時に鋳造されたもので浄厳律師の撰文の銘がある。』

この寺は、江戸城の鬼門を守るという意味もあって、綱吉将軍時代に作られています。沢山の伽藍もありましたが、末寺も多かったようです。「御府内寺社備考」によると、塔頭は七院、末寺四十六寺を擁していたとあります。末寺のリストを見ると、陸奥国から筑後国まで全国に跨っています。

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「山門」の額は「宝林山」ですね。

m25-12-05 F9884本堂

本堂は、昭和建築ですが、昔の面影を残しているのでしょうか? なんとなく、そんな感じです。こちらには「大非心院」の額が付いています。

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m25-12-07 F9890 本堂はガラス張りで、中が見えます。真言宗の場合、護摩壇などがあって、ごちゃごちゃしている事がおおいのですが、こちらはすっきりしているようでm25-12-08 F9891す。本尊は胎蔵界・金剛界大日如来 二体が並んでおられました。有難く拝礼。そうそう、監視カメラがあちこちについているようです。

境内を回ります。m25-12-09 F9892まず、本堂の真横にあった「地蔵菩薩」 その奧の方にお堂があります。これは「地蔵堂」だそうです。

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「地蔵堂」の額は「寶憧閣」です。地蔵堂の横に、大師様や仏様が並んでおられました。m25-12-12 F9898

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「宝筺印塔」もあります。丁寧に一つ一つ拝んで行かれるご婦人がおられて、写真をそろえるのに、意外に時間がかかりました。

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大きな庭石なども境内に残っていまして、車ぶつけないかなあ などと心配してしまいました。

ここの住所は「文京区湯島2-21-6」だそうです。 さあ出発・・・地図を読み違えて、遠回りをしてしまいましたが、明日は、「神田明神」を通り抜けて、お茶の水駅に戻ります。

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