2016/02/29: 南品川散歩:木瓜爺撮歩94-60 天林山 泊船寺 〔俳句寺〕 (No.2610)

あぶないあぶない・・・今年は閏年で、2/29 があったのです。 このブログ3/1に公開予約をしていました。前夜に気付いて、訂正です。
m94-60-01 F2493「海晏寺」を出て「第一京浜」を南に進みます。このあたりの海抜は3.2m。これから東大井の方に行きますが、多分立会川付近は海抜2.0m位になってしまうでしょう。東北大震災以降、こうした海抜の標識が増えました。10mの大津波などがあったら、ここいらも全滅ですね。 「南品川三丁目」の交差点に戻りました。朝、あのガードの下から出てきたのです。

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この交差点で右の方を見ます。緑のネットがかかった場所の足元が「泊船寺」の筈です。ここから右に行くと坂を登ります。其の坂が「旧仙台坂」です。

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地名の説明板がありました。「仙台藩」の下屋敷があったことから、「仙台坂」の名がついたが、新道が出来て、名前を譲り「旧仙台坂」に変わm94-60-05 F2500ったと書かれています。そして、坂下に寺の入口がありました。「泊船寺北口」と書かれています。と言うことは、南側にも「南口」があるのでしょう。

この「泊船寺」も「新編武蔵風土記稿」に書かれた寺です。ただ、書かれているのが「大井村」になっています。『(大井村 泊船寺)境内除地二段八畝二十八歩 当寺も御林町にあり 臨済宗江戸赤坂 種徳寺の末なり 天林寺と号す 永徳二年開山龍光和尚草創せり 中興を千巌億座元禅師と云 延寶八年二月二十四日示寂す 本尊弥陀を安』 仙台坂の南はもう大井村に属していたのでしょう。m94-60-06 F2501泊船寺

 

 

 

山門を入ると、六道地蔵がずらり・・本堂の後ろが工事中です。また、よく吠える犬が番をしています。犬に声を掛けながら、職人さんとぶつからないように本堂前を一旦通過。

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m94-60-09 F2508犬の隙を窺って、又戻って本堂を写しました。「天林山」の額のようです。こちらには、境内に句碑が幾つも建っています。

実は、ここも海から仏様がいらっしゃったようでして、品川区のページではこう書かれていました。

『泊船寺:東大井4丁目5番 永徳2年(1382年)海中より出現した阿弥陀如来を本尊として、大庵龍光が開創したとされる寺。松尾芭蕉とも親交があったことから、境内に牛耕庵(泊船堂・芭蕉堂)を建てたと伝えられています。』

この「牛耕庵」は、「新編武蔵風土記稿」の頃にはもう火災で無くなっていたようでこう記録されています。『牛耕庵蹟 客殿の南の方にあり俳人芭蕉の建てたる庵なりしか享保四年回録に罹りて鳥有となりしか 今は其蹟へ小堂を鎌へて芭蕉の像を安せり』

この、「芭蕉の像」が主人公になる昔話があるのです。これを書かなくちゃ、此の寺に来た甲斐がない・・・『しながわ昔話(泊船寺の夜泣き芭蕉像):江戸時代、松尾芭蕉は泊船寺(東大井4丁目)の住職と親交が深く、境内にある牛耕庵をとても気に入っていたそうです。元禄七年(1694)、芭蕉が亡くなるのと同じころ、牛耕庵の古池の横にあった、芭蕉が好んだ柳の古木が枯れてしまいました。約百年後、俳人石河積翠がその柳の古木で芭蕉坐像を彫り、寺に安置したと伝えられています。

ある夜、寺から芭蕉坐像が盗まれてしまいました。みんなで手をつくしてさがしましたが見つかりません。盗まれた像は、古道具屋に売られていましたが、古道具屋の主人はその像が、泊船寺から盗まれた芭蕉像とは知りませんでした。

その日の真夜中、「おい!おい!」と、どこからか人を呼ぶような声に、店の主人は目をさましました。まわりに人はだれもいません。「気のせいかな」と思って眠ろうとしましたが、しばらくすると、また、声が聞こえます。表の戸を開けてみても、だれもいません。おかしいなと思いながら、布団にもぐりこむと、やはり声がするのです。主人が声のする方へたどって行くと、どうやらその日に買った像から聞こえてくるようです。おそるおそる像に近づいてみると、像は目に涙をうかべて、「わしは、早く寺に帰りたい」と、かすかな声で言っています。次の日も、また次の日も、同じように泣くので、主人が調べてみると、泊船寺から盗まれた芭蕉像だとわかりました。かわいそうに思った主人は、ある夜、芭蕉像を白い布に包んで、泊船寺の門のところにそっと返しておきました。

翌朝、寺の小僧さんが、門前で白い布に包まれた芭蕉像を見つけて、元の場所に戻しました。これを聞いた村人たちは寺に集まり、「芭蕉様が戻ってきたぞ」とみんなで喜びました。広報しながわ 平成20年(2008)3月1日 第1662号 掲載』

現在は、小堂もありませんので、本堂に保管されているのでしょう。「文化財」の掲示が並んでいました。

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これだけ並べば「俳句寺」の異名も不思議ではありませんね。

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こんな句碑が何個も並んでいます。

『泊船寺句碑:境内には「いかめしき音やあられの檜傘」「旅人と我名呼れんはつ時雨」の芭蕉の句碑をはじめ、山奴句碑「漁火に鳥の飛行霜夜哉」、谷口楼川(もくせいあん木犀庵)句碑「はせをの前に芭蕉なく芭蕉の後にはせをなし」など、芭蕉にゆかりのものが多い。いずれも江戸時代後期、寛政から天保年間(1789~1844)の銘が記されている。 ・「旅人と 我名呼ばれん 初時雨」:高さ1m程の句碑は本堂正面に設置されている。芭蕉100回忌の折、俳人 石河 積翆(せきすい)が芭蕉像を作って寄進した。碑の正面には「芭蕉像安置」の文字裏に「旅人と・・・・・・」の句が刻まれており、旅人という自分の運命を受け入れ、楽しむ風情が見受けられる。  ・「いかめしき 音やあられの 檜傘」芭蕉150回忌 天保14年(1843)に俳句の会、星野連が建立した。』これらは、「品川観光協会」の記事から頂戴しました。というわけで、借り物を並べたやや不本意なブログですが、邪魔をしてくれる犬のせいにしておきます。句碑の写真を写そうとすると、犬に無防備の背中を向けることになるのです。   「南側の入口」はこうなっています。

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m94-60-14 F2510「第一京浜」からの入口には、やはり「石碑」が置かれていました。駐車場もよこについています。m94-60-15 F2511

ここから見ると、寺の土塀がよく分かりますね。さて、次は、また第一京浜を横断して、「鮫洲駅」の北にある「稲荷神社」を訪ねようと思います。

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