2016/03/02:鮫洲散歩;木瓜爺撮歩94-62-1 鮫洲・八幡神社〔1.出世稲荷〕  (No.2612)

明日は雛祭りですね。雛祭りのように、家におひな様を飾って、お祝いをするというよm94-62-01 F2530うなイベントは、家族・家庭というものが生活の基盤部分にあった時代の遺物になっているのでしょうか? だいたい七段もあるようなひな壇をおける家というのは、旧家を除くと、都会には消滅しているかもしれません。

木瓜爺の鮫洲散歩、「出世稲荷」を捜査中です。m94-62-02 F2531

「八幡様」の横腹にやってきました。向こうに見えているのが、「八幡神社」です。「出世稲荷」は見えませんでしたが、境内に入ると、すぐ右手にありました。

m94-62-03 F2533出世稲荷

「新編武蔵風土記稿」を見ると、「大井村」について、こう書かれています。送りがなだけ現代風にしています。

『大井村は品川宿の南にあり 地名の起こりし故を尋ねるに 村内光福寺境内にある古井は建仁元年に穿ちし所にして 土人これを大井と呼びしよりいつとなく地名となれりしと云い伝えり』 この大井村にあった小名を見ていて気づいたことを、とりだします。小名「御林町」は、海晏寺の門前町の続きにあると成っていて、この「八幡神社」や「出世稲荷」は「御林町」に属しています。ここは、昔、御林・・多分幕府管轄の林でしょう・・があったので、こう呼ばれたようです。「猟師多く住む」と書かれていますが、多分「漁師」の事でしょう。ついで、「濱川町」というのがあります。これも同じくらいの大きさのようです。「鮫洲駅」の次にある「立会川駅」付近は、この濱川町になるようです。小名の所に次の記述を見つけました。『穢多町 御林町の西なり 穢多のもの五十九軒住せる所なり 此穢多 古は南品川 品川寺の邊に住居せしが 承応元年此地に移される その後元禄八年検地ありし時 ・・(後略)』。この村に「白山権現の祠あり」とも書かれていますので、明日まで覚えておいて下さい。
「穢多(えた)」というのは、現在は差別用語とされています。元々は、佛の嫌う「殺戮」、神の嫌う「血」を「穢れ」とし、それが多い職業を意味していた言葉です。つまり、猟をして、取った獣の皮を剥いで、衣類や防具に使用する材料を造る人などです。獣の皮をなめして乾かしたりしますと、悪臭に悩まされます。普通の街中でそう言うことをやられては困るということもあって、需要のある町からはちょっと離れた位置に、集落を造って、そこに集めたのです。それが、「穢多村」の始まりです。「穢多」という文字はあまり感じがよくないので、「枝村」という文字で表している例もあちこちに見かけます。当初は、特殊な職業集団を意味していました。それがいつの間にか、罪人=「穢れた人」が加わり、死体の処理=「穢れた作業」が加わり、忌み嫌う意味に変化していったようです。やがて、「士農工商」の身分制度の下にある「非人・穢多」という差別になってしまったのです。そもそもは、「穢多」という文字がいけなかったのでしょうね。中国の歴史、たとえば娯楽書になった「水滸伝」などを見ていても、牛馬の屠殺人などが、特別な職業として一段下に見られているようですから、仏教圏に共通の事なのでしょうか?

m94-62-04 F2534さて、「出世稲荷」に戻ります。「新編武蔵風土記稿」では「八幡社」の境内社としてm94-62-05 F2535簡単に『稲荷社 本社の北にあり』と記されているだけです。「出世」がどこから来たのか、分かりません。「出世稲荷」の大元は、豊臣秀吉は稲荷神信仰をしていた(秀吉は農民でしたから、当然の話)ので、聚楽第を作った時に邸内に稲荷神社を設けており、其の神社を外部に移したとき、秀吉にあやかる意味で「出世稲荷」と呼んだのが元になっているようです。秀吉が信仰したという大黒天も「出世大黑」と呼ばれていましたね。徳川様のお膝元で「出世稲荷」というのは? と言う気もしますが、まあ「いろいろあらあな」ですね。庶民はたくましいのだ!

さて、「八幡神社」の正面に行きます。

m94-62-06 F2538鮫洲八幡

あとで出てくると思いますが、境内には、「漁師」さん達に関係する名前がついた石碑が沢山あります。とくに横にあると書いた、地図上の「漁呉王神社」の方は、100%漁業関係者の為の神社?のようです。

『八幡社 除地九十坪 小名御林町にあり 鎮座の年代は傅へされとも 当村開闢以来の神社といへは古社なるへし 御林町の持ちにて祭年には八月十五日 神輿を渡せり 又毎歳五月中神楽湯立等の神事を行へり 村内常林寺来福寺の兩寺より隔年にこれを司れり 入口に柱間二間ほどの石の鳥居を建 本社は宮造にて六尺四方前に拝殿あり 三間に二間東に向ふ』 と、「新編武蔵風土記稿」に書かれています。

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鳥居をくぐった所でパノラマ。左に「手水舎」がありますが、木鼻付き寺院建築。凄いですが、木鼻は金網で保護されています。正面が「八幡様」の社殿です。狛犬は三段構えの守備をしております。今日は、第一陣だけ紹介して終わります。

m94-62-08 F2540

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この一対は、「高麗犬」なのです。頭に「瘤」がついています。年取って、角が丸まってしまったのかも知れません。腕まくりした見たいな前足に思わず笑ってしまいました。後の二対は獅子型でした。

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