2016/03/03: 鮫洲散歩;木瓜爺撮歩94-62-2 鮫洲・八幡神社〔2.本殿〕 (No.2613)

「狛犬」は吠えつかないから、気の弱い木瓜爺でも、頭を撫でてやれます。第2組は、このペアーです。頭まで、手が届きません。

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奉納者が「漁師中」に成っていますが、難しい字ですね。現在のワープロ辞書にはありません。「獵」に近いのかなあ? 獅子型ですが、両方「子獅子」がいます。

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最後のペアーは、完全な獅子型です。

m94-62-13 F2548狛犬3

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社殿前に進んで、拝礼。「東京都神社名鑑」に書かれた「由緒」を「猫の足あと」さんが収録されていました。『創立の年暦は許でないが、『新編武蔵国風土記稿』『府内場末沿革図書』等に記されている。けだし、寛文(一六六一-七三)以前に奉祀せられ、古来、御林町の総鎮守であった。明和四年(一七六七)九月、伊奈備前守忠宥検地の節、長さ拾間、横九間で九拾坪の社地を定められ、なお社回りの地、参反弐畝参歩を村持とされた由伝えられている。しかして往時は近在の常林寺、来福寺が隔年拝で注連引きを奉仕したものであり、元文三年(一七三八)、修復遷宮が行なわれ、文化十年(一八一三)三月再建された。合併神社として、昭和四年八月十四日、白山神社(大井町林付鎮座)を合祀。』 この昭和4年に合祀された「白山神社」というのが、昨日、一日だけ覚えておいて下さい、と書いた「穢多町」にあった「白山権現の祠」なのではないかと、木瓜爺は思うわけです。というのは、「新編武蔵風土記稿」の「大井村」では、他に「白山社」が出て来ないからです。

m94-62-15 F2550現在の祭神は『誉田別尊 相殿:気長足姫尊、伊弉諾尊、伊弉冉尊』。「気長足姫尊」というのは、馴染みのないお名前ですが「神功皇后」のことですね。「誉田別尊(応神天皇)」の生母として「八幡様」に祀ることがある神様です。

おかしいなあ? 白山権現の主神「菊理媛尊」どこえ行ってしまったのか? 伊弉諾尊、伊弉冉尊だけでは、「白山神社」になりません。「菊理媛尊=白山比咩大神」宙に迷っておられそうです。社傳のどこかで、間違いが生じているようですね。この社殿、なにか凄い貫禄なのです。奥深いというか、屋根の複雑な事。三棟接続されているように見えます。m94-62-16 F2573

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、いよいよ隣の「漁呉玉神社」なのですが、この名前、地図にあるだけで、実際には「表示」が見あたらないのです? あの鳥居の先の総称なのでしょうか? まず、何と読むのかから調べました。すると「漁呉玉(なごたま)神社」と書かれたブログを見つけました。

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その方の記述では「拝殿の左方向に池があり、橋の向こうに厳島神社(弁天社)と魚呉玉(なごたま)神社があった。残念ながら、橋は通行止めになっていたので、社に直接お参りすることは出来なかった。」と書かれていました。別のブログでは、「境内末社として出世稲荷神社、そして池の中に厳島(いつくしま)神社(通称 弁天社)と漁呉玉(なごたま)神社(通称 水神社)が祀られています。」というのが見つかりました。どうやら「漁呉玉神社」の正体は「水神様」のようです。明日は、その検証?をしましょう。

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