2016/03/05: 鮫洲散歩;木瓜爺撮歩94-63 白玉稲荷神社 (No.2615)

鮫洲の八幡神社を出た所に、「白玉稲荷」への道しるべを見つけました。

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m94-63-02 F2582左に進めばよいようです。この「八幡神社」横の「漁呉玉神社」は、本当に漁業関係者の神様なのですね。至る所にこういう奉納の柱が立っています。これは、仲買人の講中でしょう。お寿司やさんのもありました。そういう物を眺めながら、細い道を南に進みます。m94-63-03 F2585

 

この道は、古東海道の一本西の道のようです。そう言えば江戸時代の東海道の道巾を書いたことが無かったですね。「新編武蔵風土記稿」のどこかで読んだのですが・・・たしか家康が「大海道」として決めた値は6間・・現在の寸法ですと10m程のはずです。でも、現在残っている古街道はそんなにありません。狭いので車は一方通行になっています。

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250m程歩いて来たでしょうか・・「鮫浜小学校」の裏にやってきました。この写真では分かりにくいのですが、電柱の後ろに赤いお社が見えます。どうやら「白玉稲荷」に到着したようです。小学校の通用門の前です。この稲荷社は「新編武蔵風土記稿」では、「福田山清傳寺」の境内にある『稲荷社 白玉稲荷と称す』とだけ記されています。「猫の足あと」さんの記述によると『白玉稲荷神社の創建年代等は不詳ながら、清伝寺境内に祀られていたといいます。神仏分離令により明治5年当地へ遷座、大井村七稲荷の一つだといいます。清伝寺は福田山と号す曹洞宗の寺院で、現鮫浜小学校の地にありましたが、明治7年廃寺となり、品川天龍寺に合併されています。』となっています。

m94-63-05 F2589白玉稲荷

祭神は、宇迦之御魂命。これは、大井町の町史に書かれているそうです。

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m94-63-07 F2591 「白玉稲荷大明神」の額がどこかにあるだろうと見回すと、中央ではなく、向かって右にずれた所に懸かっていました。こちらの使い狐君は容姿端麗です。m94-63-08 F2593m94-63-09 F2594

 

 

 

 

 

ここから、直線距離なら150m位の所に「嶺雲寺」というお寺があります。多分入口は古東海道に面して居るでしょうから、一旦東海道に出て(ちょっと迂回して)行って見ようと思います。

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