2016/03/07: 大井町散歩;木瓜爺撮歩94-65 梶原稲荷神社 (No.2617)

「清傳寺」があったという「鮫浜小学校」の前の道に戻ってきました。

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m94-65-02 F2622ここから左に進みます。直ぐに「京浜急行本線」の下をくぐります。道は「第一京浜」にぶつかるのですが、問題は「横断歩道」があるかどうかです。通学路になっているかも知れないから、多分あるだろう・・と、考えたのですが・・m94-65-03 F2623

 

ありました。信号だけは確認して渡ります。もっとも最近は、車の方が信号無視してくることが多いようですから、止まってくれたことを確かめて・・なんてやっていると、いつまで経っても向こうにわたれない・・あれ?この写真、左側を歩いていたな? かくの如くいい加減になってきています。「第一京浜」を渡ってからどう歩m94-65-04 F2625いたのかよく覚えていませんが、地図の上で見ますと、右に50m位進んで、左に入り、またすぐ左折、30m程進んで右折というジグザグコースだったようです。そこで登坂にかかりました。それがこの坂道です。「犬坂」と書かれています。説明の文字が小さいので書きますと、「昔から階段は作られていたが、曲がりくねった坂で、「いぬだんだん」と呼ばれていた」のだそうです。

現在はだいぶ距離が出来て居ますが、海岸段丘の一つなのでしょう。上り詰めると、下りになるのですが、この段丘部に、「梶原稲荷」と「地蔵院来福寺」が並んで有るようです。ただし、現在は住宅が沢山出来ていて、両者が見通せるようには成っていません。道は住宅街の外を迂回するようです。

「新編武蔵風土記稿」の気に成っている記述を先に書いておきましょう。「来福寺」の境内にあるものの説明の一部なのです。『梶原塚 境内北の方にあり 景季の頃と云 後に此邊 梶原景時父子の旧蹟と云もの多し 已に馬込村の条にも記せし如く 永禄の頃 小田原北条家人に梶原氏のものありて 馬込村を領したるにより後人附會の説を起こしかく景時か旧蹟のやうに云傅へしならん 猶馬込村の条に合せ見へし』 『梶原松 延命桜 此二本は共に客殿の前にあり 梶原景季 地蔵信仰の余 自ら植しと云傅ふ 今も この側にならひて 地蔵尊信心の人は桜の木を納ることとなりたれは 当寺の境内には昔より桜樹多かりしか 猶近き頃壇越m94-65-05 F2626梶原稲荷の寄進にて再び植增せしにより 毎春花の頃は人ことにつとい来りて賑へり』 長文になってしまいましたが、「新編武蔵風土記稿」の著者としては、「梶原景季」の頃の話は一応信用するが、「梶原景時」になると、後人が造った話ではないかと疑っているようです。ただ、木瓜爺はまだ「馬込村」の部分まで読んでいませんので、よく分かりません。 「景時」の息子の一人が「景季」ですから、まあいいじゃん?

有りました。ここのようです。山車か御輿かの置き場が入った所にあるようです。社殿は奧の方らしい。m94-65-07 F2628

 

 

二の鳥居は赤です。そこに狐が番をしています。突き当たりをさらに、左に入るようです。

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三の鳥居です。下の方に一対の「使い狐」が置かれています。m94-65-09 F2630m94-65-10 F2631

これが、可愛い狐? 鼻から口が欠けてしまったのかなあ?耳も欠けて、猫か狸みたいになっています。化けたのだ! 一応子狐連れのようです。

社殿は左にあるようです。賽銭貘も置かれて居ます。由緒を書いた板だけ、ちゃんと読んできましょう。賽銭を供え、拝んでから、「由来書」を撮影。

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『梶原塚稲荷祠 今を隔たる772年前(建久3年)梶原兵三郎景時、征夷大将軍源頼朝の命を奉じて 武蔵国大井村鹿島谷に萬福寺を建立し、その境内に守護神として稲荷を勧請して梶原稲荷と尊称した。元徳元年十月 萬福寺は兵火により焼失し馬込村に移りたるに依り、焼け残りし稲荷祠は梶原屋敷内に奉遷されて、後、柴村来福寺に奉納され、その追福のため同寺へ松桜などを植え・・・ 』成るほど、馬込村との関係も分かって来ました。 梶原塚が、古墳だと云っているようですね。

元徳元(1329)年の兵火というのは、何でしょうね? 後醍醐天皇の頃ですから、鎌倉攻めでしょうか? 新田義貞の挙兵は 元弘3年(1333年)ですから違いますね。何か分かりません。北条一門で次の執権が決まらず、内紛を起こしていた時なので、そのごたごたから起きた戦でしょう。此の記事で萬福寺があったという「鹿島谷」の地名で思い出したのは、「新編武蔵風土記稿」の大井村には村の南の方に「鹿島社」があると書かれていたことです。これがどこに有ったのかまだ見当がつかないのです。鈴ヶ森のほうかなあ?

では、「来福寺」に行きます。坂を下って左折、一旦右に曲がって、又左折二回・・・高い所に上がれる階段を見付けて、それを上がると、「来福寺墓地」と「来福寺」の間にある駐車場のところに入れました。m94-66-01 F2634来福寺

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