2016/03/10: 大井町散歩;木瓜爺撮歩94-68 濱川・天祖諏訪神社 (No.2620)

「大福生寺」を出て、南に150m程行くと、「立会川」を渡ります。「新編武蔵風土記稿」には、この川の名前について四つの説が書かれています。一つは、上杉朝興と北m94-68-01 F2697条氏綱の合戦があったので付いた名前、二番目はちょっと似ているのですが、もう少し古くて源頼朝の頃、朝比奈義秀等が剣術を学び、その太刀合わせ(試合)がったからだという説、三つめは「野菜の売買のための会合・・いわゆる立会」があったからだと言う説です。最後はまったく違う話で、上流の方に「滝合という地」を経て流れて来る川なので「滝間川」と云われていたが、間違って変化し「立会川」になったのだろうという説です。「桜橋」というのをm94-68-02 F2698立会川m94-68-03 F2699渡りました。この道は「桜新道」とかいうようです。川に沿って左に進むのが近道だと、地図の上では分かっていたのですが、川沿いの道に入り損ねて、真っ直ぐ進んでしまいました。

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僅かですが、商店なども残る町です。暫く行った所に「浜川小学校」がありました。

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m94-68-06 F2702 あれれ? 南に進み過ぎたなあ、ここらで左折して、「第一京浜」に出よう。というこm94-68-07 F2703とで、小学校の塀沿いに曲ります。

「南大井1丁目」という交差点にでました。横断歩道は高架になっています。これも、足の運動です。ぶつぶつ云わないで、階段を上がります。町歩きでも、時々高い所に上がる方が、気分が良いものです。m94-68-08 F2705

 

 

歩道橋の上で、地図を広げました。「天祖諏訪神社」に行くには、右折する車が出てくる道に行けばよいようです。神社は京浜急行線の東にあります。線路をくぐったところで、左折して細い道に入るらしい。

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この路地を入るようです。ちょっと下り坂。入って行くと、神社の後部に突き当たりましたので、右に曲がって、鳥居の方に行きます。「新編武蔵風土記稿」には、「濱川」にある神社が、三っ上がっています。『神明社 除地一段十二歩 小名濱川町にあり 此所の鎮守也(以下略)』ここには、末社として稲荷社、天神社、疱瘡神社、辨天社が本社の側にあると書かれています。ついで、『諏訪社 除地四畝十八歩 小名濱川町にあり(以下略)』、最後に『稲荷社 年貢地これも小名濱川町にあり 百姓の持ちなり』m94-68-10 F2709天祖諏訪神社

これらの神社は、合祀されていったようですが、現在の「濱川総鎮守 天祖諏訪神社」のホームページには、こう書かれていました。『浜川町と元芝の鎮守の氏神様として仰ぎ親しまれる天祖・諏訪神社は、古くは神明宮、諏訪社と称し、かつては両社とも東京湾に面し、立会川を挟んで並び祀られていました。
天祖神社の創建は、建久年間の大井郷之図や来福寺の記録から西暦1100年から1190年頃に遡るとも思われ、諏訪神社は松平土佐守の下屋敷の海岸寄りにあり、江戸時代初期の寛永8年(1631年)以前の創建と思われる。両社は昭和40年に合祀され天祖・諏訪神社と称されるようになった。』

m94-68-11 F2723祭神の表示ですが、天照大御神はここでは神明社、豊受大神は稲荷社からかもしれません、建御名方神は諏訪社代表ですね。ホームページでは、ほかに、もう一神『御祭神:小碓命(おうすのみこと):日本武尊(やまとたけるのみこと)の別名。熊襲・蝦夷平定の為に活躍した。』が書かれています。それに加えて東海七福神の「福禄寿」がおられるようです。m94-68-12 F2711境内はさっぱりしております。

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一対の狛犬は「獅子型」です。拝殿に進んで、拝礼。 おみこしが置かれていますね。

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社殿は、ご覧のように、白い建物です。

m94-68-18 F2718境内社は整理されてしまったようですね。左の写真の長屋に入ったのかと思ったら、これは町内ごとの倉庫のようです。御輿が入っているのでしょうか? この神社も祭りは賑やかなようです。見回すと、一つだけ境内社がありました。そこにお参りして、今回の撮歩は終了します。次の駅「大森海岸」との間に、まだ「浜川神社」などいくつかあるのですが、「しながわ水族館」見物の折にでも、足を伸ばせたら訪問することにしましょう。それでは、最後の神社は「厳島神社」でした。「神明社」にあった「辨天社」が変身したものではないでしょうか? 「猫の足あと」さんの記事でしめます。

m94-68-19 F2720厳島神社

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『境内厳島神社の由緒:創立の原由は不詳であるが、天祖神社創立当時よりの摂社であり、弁財天と称して村人たちに崇敬篤い社であった。古くは御祭神に縁りの社殿をとりまく池の眺めが得難いものであり、一時その面影を失なったので、旧時に倍するものとして建立御奉斎をした。境内には松の大樹があり、地中の島上にはこの社の神詞がある。(「東京都神社名鑑」より)』

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