2016/03/18: 高尾山漫歩;木瓜爺撮歩51-09-2 金比羅台歩道 (No.2628)

展望所で立ったまま一休みします。高尾山駅展望台で見た風景とほぼ同じ筈なのですが、スカイツリーが見えません。この辺のはずなのですが? すこしガスが濃くなっているのかもしれません。

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改めて見て見ると、もう少し左にあったのかも知れませんね。こんな看板が出ていました。でも、こちらの方角は靄って見えませんでした。『就中(なかんずく) 東は蒼海渺漫として白帆を浮へたるさま書図のことし』という、昨日書いた「新編武蔵風土記稿」の世界を想像してください。

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さて、どう帰ろうか・・・幸いに足裏の痛みは消えています。歩く事で血行がよくなったのでしょう。これなら、「金比羅台歩道」で下れるな・・・

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金比羅台歩道というのは、この赤い路です。m51-09-21 F0072

 

こちらの道標の、「JR高尾駅 2.3km」というのが「金比羅台歩道」。「高尾山口1.0km」というのは、一号路に戻る路です。2.3km歩けるという判断で出発。

m51-09-22 F0075金毘羅神社

m51-09-24 DSCF0077「金毘羅神社」にお礼を言って、坂道を下り始めました。一号路に戻る路は、以前に比べて整備されています。くさりなどもちゃんと張られていますので、安心でしょう。これに比べると、歩道の方は少々荒れています。m51-09-25 F0079

 

よろけると、路から飛び出してしまいそうなので、ゆっくり下ります。登り道に歩くなら、たいした問題はないでしょうが、下りに使うと、時々m51-09-26 F0080止まって考える作業が加わる程度の路です。ちょこっと、コンクリート階段が残っている部分もありました。こういう所を下るのに「どっこいしょ」なんて声が出てしまうなさけなさ・・m51-09-27 F0082

 

ちょっとした折り返し点などで、足が止まるというか、もつれるというか・・・やれやれ年は取りたくないものだ・・・でも、この程度は、少し続けて歩けば、リズムを取り戻せるでしょう。

三回ほど、ちょっと待て・・が有りましたが、無事に下りて来ました。なにか屋敷の塀沿いに出てきたような按配です。道標がついているので、これで間違いではないようです。

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m51-09-29 F0090ははあ、ここは「ろくざん亭」という焼肉屋の店の横ですね。駐車場がありました。ということは、そうか、あそこの入口だ・・木瓜爺の独り言です。もうすぐ意味が分かります。そのままどんどん進みます。

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いわゆる「甲州街道」に出て来ました。そこにこの石碑が立っているのです。「高尾山登山道入口」。

Choi-Boke爺ちゃんのブログの、

10月8日:木瓜爺撮歩44-8 御室社、山王社 (No.1370)

に、この石碑が写っています。ここ地名は「落合」です。「落合から金比羅コースを登った」というと、「金比羅台歩道を上った」という意味になります。

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「小仏川」に懸かった「上椚田橋」を渡ります。この橋を渡りきると、「高尾梅郷遊歩道」が川沿いに出来ています。「高尾梅郷」「高尾梅林」というのは、一箇所にまとまった梅林というのではなく、この「小仏川」ぞいにある、小さな梅林の連続をいうようです。山影の土地なので、花期はやや遅めで、通常は3月末まで花があるでしょう。

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この日は、もうくたびれていたので、次の墓参りの日に、梅林の写真を写して、ブログ上は継続しようと思ったのですが、天候の具合もあって、行けませんでした。とりあえず、「上椚(かみくぬぎ)田橋」の上から梅郷の端っこだけ見ましょう。

今日は、ここまでにしておきます。あと、一回で高尾駅に戻ります。

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