2016/03/24: 青梅漫歩;木瓜爺撮歩02-03 梅林山 天澤院 (No.2634)

いやあ・・本当に何もなくなってしまった・・イベント用に再生の声だけ上げているけど、火が消えたような田舎になっています。「お願い地蔵」さんには新しい「お願い地蔵」が、地元の人によって山になっているかと思ったのですが・・・そんな気配は見えませんね。

この「梅林山 天沢院」は、Choi-Boke爺ちゃんのブログで書きました。3月14日:青梅フォトウォーク第7回-1 梅林山天沢院 Choi  60才の定年退職の後、どうかもう暫く働けますようにとお願いして、10年近く仕事に恵まれましたから、大恩人?いや大恩仏 です。今年も、お参りだけはして参ります。

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足元に置かれた「豆地蔵(?)」は、本堂の所で無人スタンド販売です。

m02-03-03 F0210下村

向かって右端のお地蔵様の足元に「享和二年」の文字があります。1802年ですね。この「梅林山天澤寺」を「新編武蔵風土記稿」で探した時、「日向和田村」では見つかりませんでしたが、石碑に書かれている「多摩郡下村」が手がかりになり、「下村」を探すと書かれていたのです。つまりこのあたり・・多分、多摩川右岸は「下村」だったのでしょう。『天澤院 境内除地六畝 小名天神入にあり 梅林山と号す 曹洞宗二俣尾村海禅寺末 開山 天江東岳 天正十八年七月廿七日示寂す 客殿七間に五間 本尊釈迦の坐像 長二尺四寸許 此余薬師の立身長一尺許なるを安す』

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m02-03-07 F0216・・・本尊が変わっているのですが、「天澤院」自体は明治四十二年に火災で焼けてしまったので、其の後の再建です。「新編武蔵風土記稿」には、海禅寺末で「清圓寺」というお寺が近くにあったことが記載されており、そこの本尊が「十一面観音」だったそうです。木瓜爺の勝手な想像ですが、「清圓寺」が廃寺m02-03-08 F0217.天満宮jpgになったとき、十一面観音が、一旦海禅寺に戻り、天澤院の再建のときに、海禅寺からこちらに移られた」とか? 木瓜爺リユースというのは、大好きなのです。本堂にお参りして、境内を見回します。本堂の向かって左側の道の先、山の上に、天神様が見えます。「菅原神社」という名前になったようです。明日のブログでお参りします。この参道の脇に、「牛石」というのがあります。

m02-03-09 F0218牛石

m02-03-10 F0219是なのですが、牛に見えますか? これ、どこが「牛」なのだ?と、結構苦心して写したのですよ。きっと、苔や草を落とすと、それらしくみえるのでしょうね。そして、「霊場大師堂」があります。「奥多摩新四国八十八札所」です。m02-03-12 F0222

 

 

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今日はここまでにしましょう。

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