2016/03/29: 相模原散歩;木瓜爺撮歩97-33-2 川尻八幡宮〔2〕 (No.2639)

今日は、決算役員会。あわせて、来期計画立案なのですが、いつも不思議に思うのは、町内会でも同じなのですが、新年度の計画を旧役員が作製してしまうことです。これはどういうことなのでしょうねえ? 役員交代でやることにブランクが出来てしまうのを防ぐ為でしょうか? 綿密な計画を作られると、新規役員は面白くないだろうし、ずさんな計画では困ってしまうだろうし・・・結局、年々同じようなことを繰り返すだけだから、誰が造っても同じという考えなのか・・・

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川尻八幡神社(八幡宮)の社殿前です。太い注連縄だけみても、並みの神社ではないことが分かりますね。左右に獅子型狛犬。

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口元に紅を差しています。ここのは「阿」「吽」が分かります。中には、両方「阿」に見えるような塗り方をしてしまう神社もあるのですが、こちらはよく出来ています。社殿前に進みます。『川尻八幡宮は、応神天皇を御祭神として大永五年(1525)五月五日に創建されたと云われていますが、社伝によれば舎人親王(四十代天武天皇の皇子)の子孫が奥州に降る途次、病に倒ら亡くなられたため、同行者がこれを悲しみこの地に手厚く葬りました。そして首長が護持していた石清水八幡宮の御分霊を御神体として祠を建て、お祀りしたのが今の川尻八幡宮と云われ、その後、一行は奥州清原家を興隆したと伝えています。』という説明が、どこかに書かれていたのですが、写真は無かったかな?

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この社殿の中に、いくつかの神殿があるようで、そのうちの「春日神社本殿」は文化財指定を受けているようです。こんな説明を見つけました。『川尻八幡宮の春日神社本殿は、流造(ながれづくり)でありながら正面に千鳥破風(ちどりはふ)をつけ、また、向拝(こうはい)の屋根幅を狭めるなど、春日造(かすがづくり)を意図しています。この本殿は、朱塗の一間社流造(いっけんしゃながれづくり)、桁行(けたゆき)4.3尺(1.3m)の中型社殿で、下川尻村の鎮守社でしたが、明治期に川尻八幡神社の境内に合祀(ごうし)されました。向拝(こうはい)の庇が母屋(もや)の屋根よりも幅が狭く、また正面に大きな千鳥破風(ちどりはふ)をつけるなど、春日造(かすがづくり)を意識した造りとなっています。軒は半繁垂木(はんしげだるき)で、背面は二軒(ふたのき)ですが正面は打越垂木一軒(うちこしだるきひとのき)という簡素な形式です。建立年代は18世紀中期と推定されます。(市登録有形文化財(建造物) 登録年月日:平成20年4月1日 所在:相模原市緑区川尻4171-1  記号番号:登-59)』

m97-33-15 F2892沢山有る筈の境内社なのですが、意外に見当たりません。稲荷社はこんな具合です。もう一つは「金毘羅社」でした。

m97-33-17 F2897金比羅社

 

 

 

 

不動明王がどうなっているのか興味が有りましたが、分かりませんでした。もう一つの建物は御輿倉庫。中が覗けました。この御神輿については祭の記事が見つかりました。『毎年、8月27日・28日に開催される歴史と伝統の川尻八幡宮の夏祭りです。27日の神幸祭は白装束の男たちが御輿を担ぎ、朝から旧川尻村地区を練り歩きます。夜10時頃には各地を渡御してきた御輿が境内に集まります。28日の午前中には祭事が、午後には露店が立ち並びにぎわいを増します。夕暮れに各地域のお囃子連の山車が出て、地域の特色ある祭囃子を奏でます。』 なかなか賑やかなお祭りのようです。

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m97-33-19 F2909八幡神社古墳お参りをおわったので、ついでに(?)「八幡古墳」を見に行きます。トイレの横にあった小さな立て札の指示に従って進むと・・・この囲の中が「石棺」が発見された古墳のようです。ところが しろやま歴史巡りさんの記事ですと、『遺体や副葬品が置かれた石室が川尻八幡宮の境内にあります。石室は丸い川原石を積み重ねて造られ、長さ約2・5メートル幅1・2メートル、かつては天井石が置かれ、全体は土で覆われていました。およそ直径10メートルほどの円墳。相模川流域では最も上流域にある石室をもった古墳です。七世紀前半に築造されたと言われます。』説明とはだいぶ隔たりを感じました。別のものを見ていたのかもしれません。ひょっとすると、右手に山でもあるのか? なお、社殿の前に「扇塚」というものがありましm97-33-16 F2894た。これは、舞扇の供養をしたものなのだろうと思いますが、古墳と結びつけた方もおられるようで、よく分かりません。

浅草寺に「扇塚」がありましたよね。古くなった舞扇を納めた塚です。このあたりで、舞妓さん、芸妓がいたのはどこでしょうね? 橋本あたりかなあ・・

明日は、かたくりの里に入れそうです。

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