2016/03/31: 相模原市散歩;木瓜爺撮歩97-35 熊野三社と松風山寶泉寺 (No.2641)

「小林邸」から出て北側の道にでると、バス停が出来ていて、何人か並んでいました。m97-35-01 F0542それを横目に見ながら、もう一本北の道に出て、東に少し歩きます。その辺りに「熊野三社」があるらしいのです。この辺りだとおもうのですが・・・m97-35-02 F0543熊野三社

ちょっと高くなった所に、鳥居と小社がありました。この神社に関しては、新編相模国風土記稿には、記述が見当たりません。もっと新しい神社なのかもしれません。m97-35-03 F0545木製の灯籠まで立っていて、住民によって大切に守られている神社のようです。この小屋のなかに、小さな社殿でもあるのかも知れません。お参りだけさせていただいて、来た道を戻ります。m97-35-04 F0549

バス通りには戻らず直進してゆくと、カーブしてバスの道に合流しす。春の風景を楽しみながら歩いています。m97-35-05 F0550

m97-35-06 F0551そのまま100m位進むと、左に若葉台のほうに入る道があり、それを無視してさらに100m程進んだ右手に、「松風山 寶泉寺」が建っています。m97-35-07 F0553

m97-35-08 F0554このお寺は、「新編相模国風土記稿」の下川尻村に記録されているお寺です。

『寶泉寺 松風山と号す。千本長村善勝寺末 開山宥正。久安四年化 月日しれす。本尊釈迦。 観音堂。十一面観音を安置す。木立像長二尺一寸 行基作。 古碑二基。一は正嘉二年。一は永和二年と刻するのみ、何人の基碑なる事を傳えす。 石灯籠一基 応永十七年と刻す。この外文字なし。』 「久安4年」というのは、1148年、まだ「平安」と呼ばれる時代、かなり古いお寺ですね。

m97-35-18 F0571六地蔵は座った形です。後ろに何か文字碑があるので、見に行きました。

m97-35-19 F0574

ここに城があったのですね。「小松城址」だそうです。「寶泉寺」の後ろの山だそうで、寶泉寺のほうが先に出来て居たことから、「寶泉寺城」と呼ばれることもあったようです。

参道を進むと本堂に至りますが、周囲に墓地が出来て居ます。

高野山真言宗のお寺でしたね。天狗が張り番をしています。

m97-35-09 F0557

m97-35-11 F0560m97-35-12 F0561

m97-35-14 F0563縁の下の観音様が気になるな・・・

とにかく、「南無釈迦牟尼仏」で、お参りして行きます。「ノーモーサーマンダー ボダナンバク」のほうが良いのかな?

横に弘法大師も立っておられます。m97-35-13 F0562

 

墓地の方にはお地蔵様・・m97-35-15 F0564

この横の方に、説明板が立っていたので、見に行きました。有形文化財の説明ですが、石灯籠の方がおかれていました。m97-35-16 F0565

m97-35-17 F0566おっと、そろそろ次のバスの時間です。この辺で失礼します。バスは、橋本駅と同じように、0分と30分に出ることになっていますので、覚えやすいです。

というわけで、久しぶりの相模原散歩を終了します。まだまだ楽しみな場所があります。本格的な春になったら、また来ます。

三月も今日で終わりました。今年も1/4が過ぎたことになります。

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