2016/04/22: 江戸の古社;木瓜爺撮歩77-16-3 万世橋付近 (No.2662)

「柳森神社」を離れますので、もはや「江戸の古社」ではないのですが、雑談として眺めて下さい。

m77-16-31 F1389

「新幹線線路」をくぐって、しばらくそのまま歩いて見ました。久しぶりに「万世橋」を渡ってみようと思ったのです。中央通りに出るまでに、円筒型のノッポビルがありました。これは、ビジネスホテルだったかなあ? 一度仕事で泊まった事があります。そのとき、電気街に出て「プログラム電卓」を購入したのだ・・あれから、一度もプログラムを組み込んだ覚えがないなあ・・・無駄な買い物をしたようです。

「万世橋」というと、大昔は「万世橋駅」というのがありました。昭和18年あたりに廃駅になったのですが、木瓜爺自万世橋高架駅付近身は、東京に出て来た頃なので、何も覚えていません。そこが「交通博物館」になっていた頃もありました。今はどうなっているのかと、ネットで見ると『旧万世橋駅、交通博物館時代の遺構:旧万世橋駅ホーム部分をデッキとして整備』という記事が目に留まりました。《旧万世橋駅の開業時(明治45年)に作られたホーム部分を『2013プラットホーム』として整備、デッキとしてよみがえりました。高架橋にある旧万世橋駅のふたつの階段を通り、線路階にあるホームに上り、実際に駅構内を歩く気分で回遊できます。ホームではガラスに囲まれた展望カフェデッキが待っています。 中央線がすぐ両脇を行き交う、特別な空間です。》最近は更に進んで、「マーチエキュート神田万世橋」などいう施設に使われているようです。関連記事に、この右上の写真が、添えられていました。

m77-16-32 F1390

「中央通り」に入って、右へ。万世橋に懸かります。この橋には、目的が分からない遺m77-16-33 F1392構がくっついているとか・・・「船着き場」と「小部屋」なのだそうです。船着き場は、まあ橋につきものの様な物ですが・・・万世橋下

 

 

 

 

 

あの、小窓の部分が、「小部屋」なのでしょうか? 雨水の排出口かと思っていました。反対側の方が良く分かるらしいらしいです。

m77-16-34 F1394「万世橋」というと、すぐ脇にある「肉の万世」を思い出します。先日倅から聞いたのですが、倅が中学に入った頃でしょうか、鉱石ラジオの部品が欲しいと言うので、秋葉原に連れて来て、買い物のあと、この万世でステーキを食べさせたらしいのです。それと同じ事を、倅が娘(つまり、木瓜爺の孫)にしたそうです。こういう行動パターンも伝承するのですねえ・・昔の記憶による伝承ですね。それだけの長い期間、ここで営業を続けてくれている「肉の万世」(本店)に感謝します。チェーン店も展開されていますが、この本店は、店員教育も行き届いているように感じます。・・といっても、久しくご無沙汰しています。m77-16-35 F1393

 

橋を渡ります。見えて居るのは、「山手線」が手前にあって「新幹線」が後部にある鉄道線路です。舟が見えるあたりの右側が、「柳森神社」の場所です。

では、「電気街」のほうに進みます。店の名前が、すっかり変わっています。

m77-16-36 F1396

暫くうろつきましたが、大半が「中国人観光客」。TVなどでおなじみの「爆買い族」のようでした。そういう客を乗せた観光バスが次々とやってきます。写真を写しまくりたい光景もあるのですが、最近はトラブルになることも多い様なので、カメラは封印して、歩いてきました。最後はラジオ会館などを覗いて、帰宅です。残念ながら、木瓜爺が探したかったものは、置かれて居る店そのものが見つかりませんでした。

さて、明日からのブログの予告? 多分、「越生」の散策になるでしょう。「梅花」の時期に行きたかったのですが、都合がつかず、「山吹」になってしまいました。

広告
カテゴリー: , 雑談, 川原, 散歩 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中