2016/04/26: 越生散歩;木瓜爺撮歩88-34 御嶽山不動院龍台寺 (No.2666)

今歩いている所は、昔の「如意村(ねおいむら)」ですが、まもなく、「和田村」に入ります。「龍台寺」から「春日神社」のあたりまでが「和田村」のようです。春日社のあたりから、越辺川を渡ると「黒岩村」になるようです。木瓜爺の「越生散歩」、越生の大事な部分を抜かしています。最後に行きたいのですが・・それは、越生梅林のある「小杉」や一昨日のブログに出てきた「龍穏寺」のある「龍ヶ谷」一帯です。簡単にいうと、越生梅林のずっと山奥なのです。歩いて行くとなると、相当気力充実のときでないと・・準備だけはしてあるのですが、いつになるやら。m88-33-02 F1404

「越生」というと「梅林」を思い浮かべますが、このあたりでは、梅は少ないようです。

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「山吹の里」の前あたりまで戻って来ました。ちょっとトイレに寄って行こう・・昼食は、龍台寺だな・・時計を睨んでぶつぶつ・・口に出さないと、脳が記憶してくれない・・困ったものです。老人が独り言をいうのは、こんな事情もあるのです。

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あれは民家を利用した蕎麦屋らしいな、いや、新しい建物ですね。観光客用店舗だな。

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越辺川の方を見ると、菜の花が沢山咲いていました。山吹もそうですが、新緑の時期は黄色い花が合いますね。水際の小公園にこんな看板がでていました。

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多摩川も同じようなモノでしたが、このうちで、キジを見なくなりました。こちらは、アオサギやダイサギという大きいのは来ないらしいですね。エサになる魚が、小ぶりなのでしょう。

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m88-33-09 F1422寺の屋根が見えます。手前の白い建物も寺でしょう。「客殿」かな? 「龍台寺」です。「新編武蔵風土記稿」にはこう記されています。『和田村 龍臺寺 これも新義真言宗 今市村法恩寺末 御嶽山不動院と号す 本尊大日 開山榮仁 応永六年寂すと云 境内ににその墓石をたてこれあり 不動堂 御嶽社』

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これは、やはり「客殿」で額は「みたけ庵」となっていました。ということは、山号も「みたけ山」で良いのでしょう。山門の南に、異様な石が置かれていました。

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どうやら、寺名を彫ったもののようです。「七草めぐり」の説明板あり。

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風土記稿の読みが木瓜爺と違っていますが、意味的には、こちらの方が正しそうです。m88-33-13 F1433

ぽつんと立った山門。風情があります。

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静かな光景です。本堂を見ています。不動堂も阿弥陀堂も御嶽社も消えてしまって、境内はがらんとしています。山門入って左に、六地蔵を従えた延命地蔵。

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其の横の方に、墓石が並んでいるのですが、墓碑に「**法師」が多い所から見て、歴代住職などの墓標でしょう。

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境内に置かれて居たベンチを拝借して、こんな風景をながめながら、ゆったり、昼食をとりました。

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