2016/04/27: 越生散歩;木瓜爺撮歩88-35 西和田・琴平神社〔金刀比羅大権現〕 (No.2667)

木瓜爺家のインターネット回線切替えを明日に控え、大慌てで数日分のブログを予約投稿しておこうと、躍起になっています。というのは、回線切替えのあと、正常に動作するまで何日もかかってしまうことがあるからです。そんなことで、ブログの連投?中断は口惜しいから・・・m88-35-01 F1453

カインズの前の道を、春日神社に向かって歩いています。右の奥の方に、お寺の屋根が見えました。「興禅寺」というお寺のようです。あとで寄ります。「新編武蔵風土記稿」には、和田村の寺院としては昨日の「龍臺寺」と「興禅寺」、神社としては「春日社」が書かれています。地図を確認すると「春日神社」の横に「金毘羅大権現」という鳥居マークがあります。しかし、「新編武蔵風土記稿」には、記載されていません。この「こんぴら」さんに先に寄って、それから「春日神社」に行く事にしましょう。

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m88-35-03 F1457「春日神社」が見えて来ました。一旦素通りします。踏切がありました。八高線線路ですが、線路と「越辺川」の間に、「金毘羅大権現」があります。右折して少し入るようです。m88-35-04 F1459

右折しました。三角錐の形の山は「弘法山」なのでしょう。今回は、あそこまで行く時間はなさそうです。

住宅の花を眺めながら少し進むと、川が近づいてきます。「こんぴm88-35-05 F1461ら山公園」という看板がありました。m88-35-06 F1462こんぴら山

 

 

「石段」があります。山の上に「神社」があるようです。結構急勾配の石段ですが、手すりがあるので、上がれそうです。少し上がると、ちょっと緩い勾配の石段部を挟んで、再び狭い石段です。

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「石段」の脇に、「魚供養の碑」。「越辺川」も魚を釣る人がいるようです。

m88-35-09 F1466石段の途中から下を見ています。最後の階段を上ります。上がり着ると平坦地。神社はまだよく見えません。おやおや、「石段供養碑」m88-35-11 F1469石段供養。補修工事の時建てたかな。m88-35-10 F1468

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上がりきって平らな所に出ると、「社殿」が見えました。右から迂回してゆきます。鳥居の額は「琴平神社」です。

m88-35-13 F1472琴平社

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社の中を覗くと、不思議な写真が写りました。稲妻でも走ったようです。修験道っぽい! 「金毘羅大権現」というのは、修験道では眷属が「天狗」様としていました。元々は、神道の神様ではなく、仏教における神様、つまり、薬師如来が「十二神将」を率いておられますね、ああいう位置付けなのです。十二神将の「宮比羅」が金毘羅神とする方もおられるようです。四国の「金毘羅様」というローカルな神様が、全国に広がるのは、江戸時代の後期になるようです。「新編武蔵風土記稿」が書かれた文化文政期には、まだローカル神だったようで、あまり記述されているのを見かけません。江戸の後期になると、庶民の娯楽として、「金毘羅詣り」という旅行がはじまり、「金毘羅講」が生まれます。これは、金毘羅詣りをしたい人がお金を出し合い、抽選で代表者がお参りに行くという方法です。こうなってくると、身近なところに、金毘羅詣りで頂いて来た御札などを祀り、そこにお参りし、講のくじが当たることを願おうという、発想も出て来て、一気に「金毘羅大権現」が各地に建てられてゆくのです。明治の神仏分離によって、琴平神社の祭神には「大物主神」が割り当てられますが、大物主神は海からやってきた神様。鎖国がとかれ、開国されて、m88-35-20 F1487舟での輸出などが行われるようになると、海路の安全を願って、大物主神に安全を願うということで、輸出産業の種であった、「絹織物」関係の産地に、「琴平神社」が沢山作られて行きます。

こちらの「金刀比羅大権現」は、風土記稿以降の創建とみて、「金毘羅講」時代に作られたものではないでしょうか? 後で見つけたのですが、石段の脇にこんな杭が立てられていました。この漢字の使い方が正しいとすれば、以前に書いた「成就山浅川金刀比羅大権現」と同じなので、浅川と同じように、修験道の行者さんの勧請かもしれません。現時点では、ネット上では情報が見つかりません。「新編武蔵風土記稿」では、「黒山村」に「愛宕社」の名前だけみえます。
越生の郷土史研究の方からでも情報がいただけると有難いのですが・・

山頂は平でした。そこから、緩やかな勾配の道が、裏の方に回っていたので、それを下ることにしました。

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m88-35-17 F1481ぐるっと回って、最初の道の方に下って来ました。振り返って、出口部分を写して置きます。ここからですと、息も切らさずに、上まで行けるでしょう。

m88-35-19 F1483出で来たところに、水を眺める公園が出来ていました。川沿いに、上流のほうに向かう散策路もあるようです。m88-35-18 F1482

それでは、「春日神社」に戻る事にします。春日神社は、書くことが多そうで、二日分になりそうです。

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