2016/05/02: 越生散歩;木瓜爺撮歩88-39-1 瑠璃山玉章寺と大谷住吉神社〔1〕    (No.2672)

「六地蔵塔」の所から、方角で云えば北西に入って行きます。

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m88-39-00 F1611正面に見えている森は丘になっているようで、左裾を回って進みます。すると、右の山裾に人家が点在しています。その人家の裏山に「住吉神社」がある筈なのですが、入口が分からないのです。道はあるのですが、入って行くと人家の庭に入ってしまうのです。ここでもない、ここでもない、と「怪しい爺」を繰り返してゆくと、見たようなところに出て来ました。あれ? これは「玉章寺」に行き損ねたところだぞ? 「住吉神社」の入口がわからないまま、通り過ぎてしまって、住吉神社より西にある「玉章寺」の入口に来てしまったのです。前回は気が付かなかった寺の入口を今回は発見しました。下の写真、分かりますね・・木の間にお堂の屋根らしいものが見えるでしょう。

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「玉章寺」も「住吉神社」も尾根筋にあるようなので、寺から山の上を戻って見る事にします。近づきました。石段の上は、確かに「お堂」です。「新編武蔵風土記稿」でm88-39-02 F1616は、寺名が違っていますが、音は同じようです。『(大谷村)玉正寺 瑠璃山と号す 新義真言宗 今市村法恩寺の末 本尊は薬師の立像 行基菩薩の作』m88-39-04 F1619

 

 

 

 

 

斜面の木の傍に石碑・・「板碑」らしきものm88-39-03 F1617が見えます。遠くて分かりづらいのですが、三尊の板碑のようです。阿弥陀なのか薬師なのか、多分「阿弥陀三尊」でしょう。

石段の様子をご覧に入れます。最近人が通った気配が見えません。上に行って分かったのは、左の方から入る車道がありました。てこてこ歩いてくるのは、木瓜爺くらい・・珍しいから、御利益いただけるかも・・

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m88-39-05 F1620玉泉寺

上がった所に、本堂新設の石碑がありました。老朽化したため、昭和53年の再建だそm88-39-09 F1627うです。120人の檀徒集まって解体し、総工費500万円ほど集めて再建したと書かれていました。この金額だと、かなり労力奉仕もしたのでしょうね。由来についても、最初の方に少し書かれているようです。

『当山は真言宗智山派に属し法恩寺末にして瑠璃山玉章寺と号す 開山は空伝和尚と称し今を去ること五百八十九年前 即ち康応元年八月の入寺なり その後の変遷は不詳なるも 百数十年の風雨に耐えし本尊薬師如来を安置せる本堂の老朽化著しく・・・(以下略)』

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薬師如来は御厨子の中でしょう。閻魔様みたいなのもおられますね。

境内にもいくつか気になるものがあります。お墓ですが、住職さん達のお墓かな?

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お堂に懸かっていた「額」忘れて居ました。「密殿」と書かれていますね。特別な意味があるのでしょうか?木瓜爺には分かりません。

問題の、「住吉神社」への道探しをしなければ・・・方角的には、あっちです・・真ん中辺りに、細い道がありそうですね。明日は、あそこに入って行きます。

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