2016/05/05: 五日市散歩;木瓜爺撮歩46-09 福祐山 徳蔵寺 (No.2675)

早いもので、今年ももう「端午の節句」ですねえ・・・・

m46-09-01 F0460このあたりは、「新編武蔵風土記稿」の時代には「入野村小倉」だったようです。昨日見つけたこの石段、右方はかって寺の境内に入って行ける道だったように思われますが、現在は、ぐるっと迂回です。確認しなかったのですが、墓地には近道になっているのかも知れません。坂を上がりきった左側が、「徳蔵禅寺」の入口でした。m46-09-02 F0461

『徳蔵寺 除地一段五畝 小名小倉にあり 禅宗臨済派 同郡小和田村廣徳寺末 福祐山と号す 開山栢芳樹和尚 天文十三年十月廿四日寂す 本尊地蔵 木の立像長二尺六寸 本堂六間に五間南向なり 不動堂:境内にあり  稲荷社:不動堂の側にあり 小祠』

現在の宗派は「臨済宗 建長寺派」です。親寺の「広徳寺」は、Choi-Boke爺ちゃんのブログで、書いております。紅葉時期の銀杏が見事なお寺で、やはり五日市にあります。8月30日:木瓜爺撮歩15-6  龍角山広徳寺

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松の木が 寺名の石碑を見にくくしていますね。左右に地蔵菩薩が何体も祀られているのは、本尊様の影響でしょうか? 「あきる野市」の「寺院一覧」には、こう書かれています。『徳蔵寺:創立は文明13(1481)年で開山は柏芳樹禅師と伝えられている。江戸時代に、1反5畝の除地があったほかは、開基・由緒などは不明。本尊は地蔵菩薩立像。』 現在もご本尊は健在のようですね。下は、門番のお地蔵様です。

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m46-09-07 F0481 大きな石ですが、ちょっと変わった文字を刻んでいます。「天地陽冥水陸諸霊」普通は「三界萬霊」などの表現なのですが、ひょっとすると、陸軍、海軍などが存在した時期のものかなあ?

本堂正面で、お地蔵様にお参りし、境内を見回します。本堂の右に庫裡が続いています。本堂の縁側には、布団などが干されていまして、生活感がありますね。

本堂脇から奧の墓地に行く道があります。景色が良さそうですですから、後で行って見ましょう。

「六地蔵」は墓地の入口の方かな?

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「水子地蔵様」がおられて、其の横に「六地蔵」。あ、忘れていました。この「福祐山 徳蔵寺」、昔は「延命院」が入っていたとのこと。フルネームは「福祐山 延命院 徳蔵寺」だったようです。

m46-09-13 F0475徳蔵寺地蔵

m46-09-14 F0476「六道地蔵」は臨済宗の形(名前・順序など)のようです。本堂脇を通って、景色の良い所に行きますが・・・あ、ここは本堂角にトイレを設置しておられますね。墓参りの方が、外から行けるようにしてあります。この広場は、参詣者の駐車場らしい。墓地は、山のほうにも広がっていました。

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「三内」のほうに行くには、ここから右手の丘に上がって行っても良いらしいのですが、迷子になりそうなので、回れ右して境内に一旦戻ります。

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左の石は、お経を千回詠んだ供養の碑らしい。

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このコーナーが、冒頭に出た石段に近い位置です。この縁を回って、墓地の方に行く道がありそうな感じでしたが、探索は省略・・・門番のお地蔵様にご挨拶して、出発します。

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