2016/05/08: 五日市散歩;木瓜爺撮歩46-12 深澤渓 自然人村・穴澤天神社 (No.2678)

木瓜爺ブログの許容容量が残り20%になっています。人間の命より先に一杯になりm46-12-01 F0563そうです。続編は「木瓜爺ブログ(続)」としようか? 「続木瓜爺ブログ」では、また検索エンジンに無視されそうな気がして・・・

「三内川」をさかのぼっています。この川は、秋川の支流の一つで、「日の出山」から下る「金毘羅尾根」の北側の谷に始まっています。深澤と南沢という2方向からの水流が合流しますが、そのうちの深澤谷を行く予定です。m46-12-02 F0567

 

谷底を覗くと、杉木立の奧に、少し川が見えました。渓流釣りをする方々の踏み跡らしい道が下っています。「新編武蔵風土記稿」では、「深澤川」と記述されています。

m46-12-03 F0569竹藪に変わると、キャンプ場らしいものが見えました。「穴沢天神」って、川底じゃないだろうなあ? 下りに弱い木瓜爺は、取り越し苦労をしております。

m46-12-04 F0572深澤自然人村左の山側を見ると「自然人村」の看板が出ています。この「自然人村」というのは、キャンプ場の名前と考えればよいようです。この附近には「深澤渓 自然人村」と「ひのはら溪 自然人村」があります。こちらでは、「石窯でパンを焼こう」「燻製を作ろう」「木工体験をしよう」などという教室(?)がキャンプ場で行われているようです。どれも有料コースです。と、まあ地元のPRに貢献しておいて・・・

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カーブのさきに、鳥居が見えました。よかったー 平地移動のようです。「穴澤天神社」は「新編武蔵風土記稿」には記述されていません。この名前の神社は、『穴澤天神社(あなざわてんじんしゃ)は東京都稲城市矢野口にある、延喜式神名帳に記載された「武藏國多磨郡穴澤神社」に比定されている神社』が最も有名です。この神社の祭神は、「少彦名神 (すくなひこなのかみ)」「菅原道真」になっています。「穴沢天神社」は、奥多摩の「鳩ノ巣」でも見かけました。 次のブログです。

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18- 奥多摩町鳩ノ巣;木瓜爺撮歩75-05 穴澤天神社と将門山開運不動尊 (No.1808)

m46-12-08 F0579穴沢天神社 この「穴澤天 神社」については、「多摩の神社準備室」さんの説明を引用させていただきます。

『穴澤天神社  鎮座地 深沢210
祭神 高皇産霊神 (たかみむすびのかみ) 神皇産霊神 (かみむすびのかみ)
伊奘諾神 (いざなぎのかみ) 少彦名神 (すくなひこなのかみ)
事解之男神 (ことわけのおのかみ) 速玉男神 (はやたまおのかみ)
大山祇神 (おおやまつみのかみ) 豊受姫命 (とようけひめのみこと)
旧格式 村社  別当寺 ?   例大祭 5月5日
解説:深沢村の鎮守。 「延喜式・神名帳」に記載のある穴澤天神社であるという説もある。』

神名帳は、こちらが本家だ! という説がある、というのは面白いですね。
それと、ここには「道真」がいませんね。つまり、「天満宮」ではなくて、「天神5代」の方だというわけです。矢野口の「穴沢天神社」からの勧請ならば「道真」がいるはずなので、この線ではないようです。

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社殿は「拝殿」で中は空っぽ、そんな馬鹿なと、後ろに回ってみると、もう一つ「神殿」が出来て居ました。こちらを拝みましょう。中には、古い小神殿が置かれています。

「新編武蔵風土記稿」によると、深澤村には、「稲荷社」「熊野社」「白髪社」の三社と、「山神社」が5社、「第六天社」が2箇所となっています。最初の三社に注目します。『稲荷社 除地四畝二十歩 村の坤(南西)の方にあり 小社なり 村内真光院の持』『熊野社 除地三畝六歩 村の中央にあり 百姓持』『白髪社 除地四畝 村の西の方にあり 神体は丸き白石にて 長さ七八寸 これも百姓持 以上三社を村内の鎮守となして 毎年かはるかはる祭れり』  つまり、この頃は鎮守候補が三社あって、年代わりで鎮守になっていたようです。この穴沢天神社は、「稲荷社」(村の南西)に相当するような気がします。祭神の名前からみると、「豊受姫命」が稲荷神でしょうか?別当寺である「真光院」は、此の後で訪れます。距離的には1.3km位でしょうか?

「稲荷社」に、「熊野社」「白髪社」「山神社」などが合祀されて、できあがった神社が「穴沢天神社」のように思います。「穴澤天神社」は「天満宮」ではないということなら、むしろ「深澤神社」と名乗るほうが良いと思うのは、木瓜爺だけでしょうか?

境内に石仏がありました。左が「庚申塔」右が「道祖神」なのです。

m46-12-10 F0589庚申塔と道祖神

m46-12-11 F0592 道祖神には「安政四年」、庚申塔には「享保」の文字が見えています。いずれも、江戸期のものです。m46-12-12 F0593

 

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境内の隅には「歌碑」らしいものも建っています。神社の前は、花の咲く樹が植えられていました。しばらくは、花を眺めながら歩きます。

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「穴沢天神社」のまとめとして、あきる野市の公式サイトの記述をコピーしておきましょう。『穴沢天神社(あなざわてんじんしゃ)深沢210
深沢の入口に鎮座する。創立年代は不詳。大正6年2月狩佐須神社、山神社、稲荷神社を合祀。祭神は高皇産霊神・神皇産霊神・伊弉諾神・小彦名神・事解乃男神・速玉乃男神・大山祇神・豊受姫命である。』

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