2016/05/10: 五日市散歩;木瓜爺撮歩46-14 東照山 真光院 (No.2680)

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m46-14-03 F0646真光院は、この道の右側に接触していますが、途中でお寺っぽい家も見えたりして、あれかな? などと期待させられることもありました。「新編武蔵風土記稿」によると、深澤川には、「木丼坊(きどんぼう)淵」とか「地蔵堂淵」とかいう川の深い淵があります。これらの名前の元になったお堂などがあったのでしょう。また「白井堂跡」という旧蹟の記録もあります。「山間幽邃(ゆうすい)の地なるにより行路尤難く又奇石怪巌多し」などと書いていますが、その割に豊かであった場所なのでしょうか?

道端に、「東照山真光禅院」の石標がありました。こちらは「臨済宗 建長寺派」のようです。

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左側には観音様が居られます。横の大きな石は、寒念仏碑でしょうか? 樽にもありましたが、西多摩一帯に、念仏が流行した時期があるようです。

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「観音様」は、「三界萬霊供養」の建立です。これは、やはり「寒念仏」供養碑です。

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「寒念仏」というのは、「1年でもっとも寒さの厳しい小寒から節分までの一月間にわたり、鉦をたたき念仏を唱えながら諸所を巡回する一種の苦行です」念仏ですから、本来は「南無阿弥陀仏」の浄土宗、時宗、浄土真宗などの系統のはずです。それが、臨済宗のお寺の前にあるので、木瓜爺は首をひねっているのです。僧侶による建立ではなく、住民の寄進でしょうね。

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「新編武蔵風土記稿」によると、『真光院 除地二段 村の中央にあり 禅宗臨済派 同郡小和田村 廣徳寺末 東照山と号す 開山梅岑座元禅師 寂年詳ならず 本尊釈迦如来坐像にして長一尺余 客殿七間に四間半 境内に大なる椵一株あり 一丈五尺ほとの樹なり』 あるのブログでは、こう書かれていました。『本尊は釈迦牟尼如来。安産地蔵も祀られている。創立文明十八年(1486年)の古刹。開基は大田道灌と伝えられている』

ここが、村の中央だと書いています。熊野神社がやはり村の中央と書かれていましたから、この附近にあったのでしょう。

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このお寺は、無住ではなく、住まいされているようで、車が置かれていました。

m46-14-08 F1725そして、「本堂」の壁面には仁王様より怖そうなものが見えます。形は変わっていますが、これ「蜂の巣」じゃないだろうか?

先ほど書かれていた「安産地蔵」というのは、この地蔵様でしょうか?m46-14-11 F1726

 

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地蔵堂の横にある、小さな石、遠くで見た時は「如意輪観音」に見えたのですが、近づいて写真に撮すと、何だか分かりません。これも、観音様お得意の「変化術」を使われたのか・・・m46-14-17 F1731

 

「真光院」の前は、広場になっていまして、トイレも設置されています。ここに車を止めて、「真光院」と、「深澤屋敷跡」を見る事ができるようです。明日は、その屋敷跡に行きます。

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