2016/05/18:越生散歩;木瓜爺撮歩88-44 猿田彦大神碑と桜堂 (No.2688)

「津久根八幡神社」の前にある「猿田彦大神」の石碑から始めます。

m88-44-01 F0876猿田彦

 

 

大きな石ですが、ちゃんとお堂になっています。左側の小さな石には、「道祖神」と彫m88-44-02 F0878られていますので、この猿田彦大神は、道祖神的な意味合いなのでしょう。そもそも、猿田彦は天孫降臨時の道案内役です。猿田彦神社は伊勢の宇治浦田という所に鎮座しています。そちらの神社のHPには、こんな説明が書かれています。『猿田彦大神は、ものごとの最初に御出現になり万事最も善い方へ“おみちび き”になる大神で、古事記、日本書紀などにも「国初のみぎり天孫をこの国土 に御啓行(みちひらき)になられた」と伝えられています。大神は天孫をおみちびきの後、伊勢の地を本拠として国土の開拓を指導され、垂仁天皇の御代に皇女倭姫命が神宮鎮座の地を求めて諸国を巡歴されたときに、大神の御裔(みすえ)の大田命(おおたのみこと)が祖神、猿田彦大神と同じく御先導され、五十鈴川 の川上一帯の霊地を御献上、伊勢の神宮の御創建に尽くされました。』・・・そんなわけで、道案内、道祖神などを御利益とする信仰が生まれたのですが、容貌魁偉なことから修験道では「天狗様」と一体化させて行ったようです。この大きな石碑には、天狗の団扇的な意味合いもあるのかも知れません。

石碑の前から、ちょっと畑道に入って、西南方向に向かいました。

m88-44-03 F0919桜堂

「入比三十三観音」という霊場があったのですが、「入比」というのは「入間郡」と「比企郡」という意味でしょう、この霊場の一覧表を見ると、25番と26番が、二通りあるのです。いきさつは分からないのですが、『25-1:桜堂:越生町津久根、 26-1:高蔵寺:越生町津久根』と、『25-2:桂木寺:毛呂山町滝ノ入:桂木観音、26-2:圓通寺:越生町小杉』 後者の方は、今も名前の通った札所です。あまり有名でない前者の方の「桜堂」と「高蔵寺」を訪ねようとしている木瓜爺なのです。畑の中に、「お堂」らしい物を見つけました。地図では「桜堂」と書かれています。

m88-44-04 F0921

お堂の前には何もありません。何か書いた物はないかと、道端を見回しますと、石佛群m88-44-05 F0922の脇に、表示がありました。間違いないようです。「新編武蔵風土記稿」では、『津久根村 観音堂 如意輪観音を安す 百姓の持』と記されていますが、ここかどうかはハッキリしません。隙間からのぞき見・・・m88-44-06 F0923

 

 

 

 

 

 

中央は観音坐像のようですが、「如意輪」かどうかは、よく分かりません。両側に観音立像と僧らしい像が見えます。拝んで、後ずさり・・道端に石佛が並んでいました。

m88-44-07 F0925

m88-44-08 F0929ずらりと並んだねえ・・向かって左ののほうはお地蔵様・・ほう、六地蔵塔もありますね。かなり傷んでいますので、地蔵ではなく観音様が並んでいるように見えました。左の文字碑は「如意輪観音菩薩」です。真ん中の大きいのは「太子塔」と彫られています。

一通り拝んで、次の「高蔵寺」に向かったのですが・・・

m88-44-09 F0935

風情のある家ですね・・・歩いている道は越生梅林の方に行く61号という道のようです。 明日は「高蔵寺」なのですが、途中で大失敗をやってしまいます。

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