2016/05/26: 新宿の寺社;木瓜爺撮歩102-03 明了山 正受院 願光寺 (No.2696)

この「木瓜爺ブログ」、今日の投稿が丁度1000件目だそうです。1000件で2.5GB使っているということは、1件あたり、2.5Mb? そんなに使っているのかなあ? ちょと腑に落ちない・・・ 250kbの写真を10枚ですねえ・・そのくらいになっているのかな・・ 新宿散歩に戻ります。

新宿公園という小公園の脇を通り、「靖国通り」に出て、西に行きます。

m102-03-01 F2119新宿公園

m102-03-03 F2122

お寺とは思えない塀に囲まれた「正受院」がありました。「浄土宗正受院」と書かれています。m102-03-02 F2121正受院

木瓜爺の持っていた地図には、書かれていないのですが、「成覚寺(じょうかくじ)」の東隣です。外見ではあまり寄る気に成らないのですが、覗いてみて、これは寄らないといけない・・・

門を入って、すぐ右に、新しい造りですが「奪衣婆堂」があるのです。

m102-03-04 F2123

昨日も書きましたが、m102-03-05 F2124「奪衣婆」は色町の象徴でもあります。隣の「成覚寺」は色町の女達が亡くなると、投げ込まれたお寺です。この「正受院」も、同じような役割を担ったお寺らしいです。説明板によると、この「奪衣婆」は「綿のおばば」として、「咳止め」の霊験・・・木瓜爺も最近、気温が急に下がったりすると、咳き込むことが増えています。ちゃんとお願いして置きましょう。

m102-03-06 F2125お目にかかれそうですよ。「太宗寺」のおばばより優しそうです。大きさも小さいです。「太宗寺」の「奪衣婆像」は240cm、こちらは70cm。

m102-03-07 F2126このお寺の事は「新編武蔵風土記稿」ではなく「御府内寺社備考」という文書に書き残されていて、「猫のあしあと」さんの紹介を書き写します。

『増上寺末 四谷内藤新宿 明了山願光寺正受院、境内古跡拝領地九百二十八坪 当寺起立之儀者文禄三申年之由ニ御座候。開山信蓮社教誉正受乗蓮慶長八卯年三月八日寂。
中興開山単蓮社信誉貞入残貞貞享三寅年九月九日寂。
本堂類焼跡。本尊阿弥陀如来、木座像長一尺五寸。左右観音勢至木立像、各長一尺五寸。 大鐘、差渡二尺四寸。(中略) 九品仏堂。間口三間半奥行二間半。
九品仏堂安置。三途川姥、坐像丈二尺五寸小野篁作。地蔵菩薩立像二体。千手観音立像。聖徳太子立像。閻魔王座像。 鎮守稲荷社。間口三尺奥行一間。神体木立像。
以上丁亥書上』

この「奪衣婆」は「多くの崇敬を集め、一時期参詣を禁止されたこともあります」なのだそうです。文禄三年は1594年です。家康が江戸に来て間もない頃ですね。

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本堂も新しい建物です。鐘楼も残されています。

m102-03-10 F2133

m102-03-11 F2134鐘楼の横のお地蔵様。m102-03-12 F2137

 

m102-03-08 F2129

 

「針塚」もありました、あれ、胸像がどなただったか、見てくるのを忘れました。写真で読めるかな? 「小見外次郎翁」と彫られているようです。針塚は東京和裁組合の建立。

では、お隣に参りましょう。

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